私たちが何かしら
恐れを感じるときには、
必ず自分自身から離れて
しまっています。
よく、パニックになって
右往左往している状態を
浮足立つ、という表現をしますが、
まさに地に足がつかず、浮いている。
それこそが、自分から離れて
しまっている状態なのです。
生きて形ある者も見えない者も、
よからぬ者どもは、よくそういう状態を
引っかけて足元をすくっていきます。
だから私はセッションなどで繰り返し
恐れてもいい。けれど、怯んではならない
とお伝えしているのは、そのためです。
怯むと、自分自身からふわっと浮く。
その瞬間に隙ができるので、
恐れが浮上している時ほど、
ぐっと肚に気を溜めて、意識して
自分に留まるのです。
私がよからぬ者に対峙するときは、
自分に留まって守りに入るというよりは、
むしろ意識密度を高めた状態で、
さらに踏み込んでいくような
やり取りをします。
その方が隙を作りにくくなるし、
自分の奥から力が湧いてきて
流れ続ける感じがするので、
恐れが浮上した時ほど
グラウンディングを深くして、
クリアな意識で気持ちは攻めの姿勢で
行くのが良いのかもしれません。
どんなときもそうですが、
自分から離れてしまうと、
無力になります。
なぜなら、真の力は
自分自身の深奥から湧いてくるもの
だからです。
自分を疑ったり嫌ったりして
自分から離れてしまうと、
真の力に接続できなくなります。
そうなると、
外の邪な力の誘惑に絡めとられて、
我を見失っていくのです。
これが大体邪悪な力によって
身を滅ぼす者の共通パターンで、
古今東西、人間に限らず人外の存在でも
変わりはないですね。
自分には人生を生きていく力がないとか、
能力がない、才能がない、お金を稼げない、
できない等々、
とにかく、
自分に人生を創造していく力がない
と感じるときは、
自分から離れていないかな?と
確認してみると良いでしょう。
無力感に苛まれ、
人生に圧倒されているときほど、
無力に感じる自分に戻るのは
抵抗があるでしょうが、
その無力感は、
自分から離れたが故に生じている
ものである、ということを
よくよく心に留めて、
在るべきところに戻ることです。
無力感に苛まれている人は、
邪な力を得て偽りの力を誤用したり、
他者に寄生してエネルギーを搾取
したりしますが、
そうして得たエネルギーは、
そのときどれだけ心地良く楽に
感じられたとしても、
真の力を発揮した時の力強さや
清々しさには遠く及びません。
質の悪いガソリンで走る車か、
ハイオクで走る車か、というくらいに
その質感が全く違うんですね。
側にいる人が真に自身の力で
清々しく生きているならば、
とても気持ちの良い関係性を
築くことができるでしょうが、
邪な力を使っていたり、
パラサイト意識(依存心)が強いと、
あまり気持ちの良い関係性は
構築できないでしょう。
深く、自分自身に心を澄ませ、
自分の人生を生き抜いていく
真の力に繋がっていくように。
あなた自身の人生を
誇り高く生きていかれますように。