私はよく、
内なる神の導きに従うこと
についてお伝えしています。
人生を有意義に生きていくうえで
自分の力を正しく使うことは
非常に大事なことだし、
力の誤用を避けるためにも
導きとともに歩み、力を使う
というのは必須だと思っています。
けれども、自分自身を含め
セッションをしていて感じるのは、
内なる神についての歪んだイメージ
からくる解釈によって、
導きに従って生きることに
非常に大きな抵抗感を持っている方が
少なくないんですね。
多くは、神という言葉に
既存宗教などが長い歴史をかけて
築き上げてきたネガティブな概念が
わんさか引っ付いていることもあり、
教義に従わないと罰せられる、
怒られる、厳しく責められるなど
という恐いイメージがあったり、
騙される、人間の自由な活動を
縛るもの、だから関わると
不自由になってしまうから
関わりたくないといった風に
捉えてしまうのです。
中には、魂の記憶の中に
魔女狩りに遭った経験や
修道女や神官などをやった時代に
非常に強い葛藤を感じた記憶を
持っている方もあります。
あるいは、直接神とは関係なくても、
厳しかった両親のイメージを
そこに重ねている人もいますね。
それらのイメージのどれもこれもが
リアルな内なる神とは全く違った
誤った概念なのです。
セッションでもこの辺りの
誤った概念を外していくことを
よくやるのですが、なかなかに
根深く入っている方もありますね。
そもそも、
真にリアルの神に出会いたい
という意志がなければ、
誤った概念を外したいという
動機もないので、
どれだけそれが、私たちが
調和して人生を生きていくために
必要なことだと言われても、
神には近づきたくもないのです。
ここはそれぞれの選択ですね。
まぁそれはそれで、
内なる導きに繋がって、
日常の中でそれとともに歩もう
という段階になったときにも、
また別の葛藤が浮上することが
あります。
頭ではそれが良いことである
というのはわかっていても、
でもそんなことをしたら。。。
と、これまでのやり方と違ったり
正反対であったりするその在り方に、
不安がよぎるのです。
抑圧に抑圧を重ね、
自分を矯正して生きてきた人は、
そのやり方を改めて導きに委ねることを
危険だと感じるだろうし、
高尚なように思えるその在り方に、
現実社会の世俗の問題を委ねても
うまくいかないのではないかと
不安になったり。
ここは、頭でその真偽を考えて
整理納得して収め、ねじ伏せるのではなく、
まずは浮上しているそれらの感情を
受け止め、統合作業をしていきます。
自分がどんな状況になって、
どんな気持ちになるのかを
しっかり受け止め、味わうんですね。
これらの感情をそのまま抱き続けて
深く導きを信頼してともに生きることは
難しいでしょう。
だから、
自分の感情に素直に耳を傾け、
丁寧に応答していくことが大切です。
そうやって、よりクリアに繋がり
実体験と実感を通して信頼を
深めていけるようになってきます。
あなたの人生に、より深いレベルの
調和と豊かさが満ちますように。