昨日は誤った力の使い方によって、
誰かから不当に得たものがある
という気づきのところまで書きました。
では、こういうものに気づいたら
どうしたらいいのかということについて
今日は書いていくことにします。
セッションやセルフワークでも
こういうケースはしばしば
出てきます。
力の誤用により不当に様々な利益を
得ているという構図は、直接的に
相手から力で何かを奪い取る
だけではなく、
たとえば、よからぬ存在と契約して
その力によって富や権力、財産などを
得るような構図も含まれます。
つまりは、
健全な方法によって得たもの以外は
そのものにはねじれた因果が
付きまとうため、
それを持っている限りは負のカルマを
背負うことになるんですね。
これを正そうと思うなら、
まずやるべきことは、
不当な方法で得たもの「すべて」を、
本来の持ち主にお返しすることです。
未練がましく、少しでも残していると、
負の因果はどこまでもついてきます。
魂の歴史を読んでいくと、
そうした因果がその人の健全な
命の流れを乱しているのを
見て取ることがあります。
一片でも残っているとダメなんです。
気づいたところから、
「すべて」お返ししていくことを
繰り返していくことで、
負の因果は拭い去られ、
きれいになっていきます。
一度ですべてがクリアになることは
多分ないので、繰り返しやっていく
ことになります。
残っているとどうなるかというと、
そこが隙になって黒い因果が忍び込み、
広がって魂を黒く蝕んでいくのです。
これはあくまで私が読み取った
景色ですが、そういう人はずっと
負の因果に囚われ続けていきますね。
このくらいいいだろう、
というその歪んだ感性が、
既に病んでいることに気づけないと、
決別はできません。
不当に得たものを抱え込んでいると、
一時的には得をしたように見えますが、
同じ負の因果によって、その人はどこかで
何かを失っていきます。
ひび割れたバケツに一生懸命
汚い宝物に見えるものを満たすけれど、
みなやがて流れ去っていく。
手元に残らないし、豊かにもならないのです。
心はますます貧しくなり、失う恐れに
際限なく苛まれ続けます。
そういう因果のサイクルに
足を突っ込むことになるんですね。
不当に得たもの自体が
猛毒であることを知りましょう。
解毒しなければなりません。
それを手離そうとしたときに、
喪失感や無い状態に陥ることへの恐れが
浮上してきたり、惨めさ、屈辱感、孤独、
絶望感など、ありとあらゆる恐ろしい感情が
噴き出すかもしれません。
けれど、それらは得る前から元々
自分の中にあったものです。
それを引き受けない限り、
また魔の囁きに容易く乗ってしまう
自分を抑えられないでしょう。
そして、同時に偽りの力を去って、
真の自分の力を思い出さねばなりません。
それを見失っていたが故に、
偽りの力に毒されてしまったのですから。
今生、具体的に覚えがある人は、
物理的にお返しすること。
既に相手にコンタクトが取れない場合は、
イメージの中で謝罪し、返すこと、
そしてできるだけ自分のしたことに
見合うような償いをすること。
今生ではなく、具体的なビジョンは
わからないけれど、自分もやっていた
という感覚がある場合は、
具体的に特定しなくても良いので、
不当に得たものを本来の所有者に返すと
心からの謝罪と償いとともに
イメージすること。
うまくできると、晴れ晴れとして、
心が軽くなったりクリアになったり
と言った感覚があるでしょう。
ちゃんとできなくても、
やらないよりはずっとマシです。
不当に得たものは、
絶対に自分を幸せにはしません。
最終的に、自分の人生と魂を腐らせていく
猛毒であること、よくよく心されますように。