自分自身に向き合うことに
取り組んでいる方々は、
今よりも生きやすくなるように、
あるいは、何かしら幸せになりたくて
試行錯誤されていると思うのですが、
そもそも、取り組んではいるものの、
目的であるはずのものを求めていない、
ということがあります。
どういうことかというと、たとえば
幸せになりたいと言いながら、
幸せになろうとしていない。
結婚したいと言いながら、
結婚しようとしていない。
内なる叡智に触れたいと言いながら、
内なる叡智に触れようとしていない
などです。
そんなばかな、と思われると思いますが、
これ本当にあるあるで、割とよく
見かけるパターンでもあります。
つまり、頭では求めているのですが、
本心では求めてないんですね。
でも、もっと深いところでも
求めていないかというと、
そうではない。
導きはその方向に向かおうとしている、
という何ともややこしい構造に
なっています。
求めてはいるのだけれど、
そこに向かおうとすると、
何らかの恐れや過去の痛みが浮上して、
ブレーキがかかってしまうのですね。
本人がこのブレーキに気付けるかどうかが
ブレイクスルーの鍵で、気付けないと
ロックがかかって身動きが取れないまま
膠着状態になります。
本人の認識では、求めているのは確かでも、
どこかでつるっと逃げてかわしているので、
取り組んでいるのに一向に進めない、
自分の取り組み方が悪いのか、
能力が無くてそうなっているのか、
と思ってしまうんですね。
けれど、そもそも求めていない
と言われると、これだけ努力しているのに!
とショックだったり混乱したりして、
わけがわからなくなるのです。
でも、よくよく自分の本心に心を澄ませば、
確かに、「そうなろうとしていない自分」が
わかると思います。
それを認めたら、永遠に
そうなれなくなってしまいそうで、
認めてしまうことに抵抗する方も
あるのですが、
実際は、その自分の本心を認められると、
かかってしまっているロックを外す
段階に進めます。
そこにどんな恐れや痛みがあるのか、
誤魔化さずに直視してみたらいい。
幸せは良いことのはずなのに、
幸せになると嫉妬されるとか
悪いことが起こりそうとか、
何かネガティブな感覚が
貼りついている方もあります。
内なる叡智に繋がると、
監視されて自由が無くなるとか、
思うように生きられなくなる、
コントロールされそうなどの
恐れを抱く人もいます。
その感情や感覚がどこから来ているのか、
辿って行ってきちんと統合できると、
そういう恐れが消えて、そうなっても
大丈夫になります。
このように、ポジティブなもののはずなのに
その人固有の要因によって、その概念が
微妙に歪んでいることがあるので、
その修正ができないと、そこに辿り着けない
ということがあるんですね。
心当たりのある方は、
ぜひ取り組んでみてください。