恨みに呪縛され続ける意識

人は、愛する人と
永遠に結ばれたいと願う一方で、
不本意ながらも、強烈に相手と
繋がって、時間を止めてしまう
ことがあります。

その一つの形が、恨みです。

傷つけられたという痛みや苦しみが
深いほどに、相手への恨みも
強烈になり、ちょっとやそっとでは
解消できないくらいに絡みついて
離れなくなります。

恨む本人も、こんな奴のことで
頭も一杯、心も一杯にするなど
不本意の極みなのでしょうが、
抑え難く相手を思ってしまいます。

手離せばいいと頭でわかっていても、
離したくないし、そんなことは
どうしても許せないのです。

そうして自分の人生も、
その恨みの念でその時空間から
相手とともに動けなくなります。

これでは本人にとっても、
二重三重の意味で、不幸です。

恨みの念に囚われてしまったとき、
どうやったらそこから出られるのか。

ケースバイケースで一概には言えませんが、
恨みの念に没入してしまっている人は、
自分は絶対の被害者である、という
ポジションに自分を固定しています。

つまり、
相手に傷つけられた被害者という側面の
自分しか、見ていないのです。

がっちりと固定化されたそのポジション
の自分から、少し離れて自分を見ることが
できたら、「絶対の被害者である自分」
とは違う、別の見方ができる余地が
生まれるかもしれません。

ただそれも、
すごく抵抗があることでしょう。

絶対の被害者の自分でいた方が、
自分の絶対の正しさで迷いなく
相手を攻撃する「権利」を得られます。

けれど、それだと永遠に
不本意な相手と恨みという深い絆で
分かち難く繋がり続けることや、
呪いの権化のようになっていくことを
止めることはできません。

だから、
自分の絶対の正しさから降りる勇気を
持つことが、別の道を開く糸口に
なり得ます。

ただその道も、一時は
ひどく苦しいプロセスを通過する
ことになります。

なぜなら、恨み相手を攻撃することで
バランスをとっていた怒りや憎しみ、悲しみ、
その他諸々の吹き荒れる感情が、

恨むことを止めてしまうことで、
一気に自身の内に噴き出すからです。

これを自分で引き受けて、
統合していかなければいけません。

ここで押さえておきたいのは、
自身のその苦しい感覚や感情を
自分で引き受ける責任を果たすことと、
起こった出来事の社会的道義的法的責任は
別であるということです。

ここではあくまで、自身の内側に起こった
感情や感覚に責任を持つことについて
お話ししています。

吹き荒れるその苦しい感情や感覚を
受け止め、統合していく作業は、
なかなかのことでしょう。

けれど、それができると、
相手を恨み責め苛むことで紛らわせていた
エネルギーが消えるので、恨む必要が
なくなります。

そして、後は淡々と、
必要な行動があれば実行していくのみ
になります。

時間を止めて、そこに呪縛され続ける
必要はないんですね。

自分の人生の時間を、
生き生きと有意義に生きられますように。

すべての呪縛され続ける意識に
解放という恩寵が訪れますように。

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