早いもので、1月も今日で終わりですね。
ついこの間、年が明けたかと思ったのに、
この1か月はみなさんにとりまして、
どんな1か月だったでしょうか。
明後日2月2日19時から毎月恒例の
満月のオンライン瞑想会を行います。
まだまだ参加者募集中です。
詳細、お申し込みはこちらから。
⇒満月のオンライン瞑想会
さて。
犬も歩けば棒に当たると言うように、
人間生きていれば色々起こってくるもの。
あまりアクシデントやトラブルは
起こってほしくはないのが人情ですが、
かと言って、どれだけ準備しても、
想定外の望まない出来事はあるものです。
そのときに、その出来事を
どんな風に捉え、対処するかで、
その人の力量や人間性みたいなものが
結構表れてきますね。
取り乱して八つ当たりをするとか
すべてを放り出すとか、他者のせいにして
責任転嫁し、保身を図るとか、
罰が当たったんだ、前世のカルマだとか
神仏の怒りに触れてしまったとか、
呪いや霊障のせいだとか、
もう這い上がれないのではないかと
思うくらいの絶望感にどっぷりと
飲み込まれて、何も手がつかなくなるとか。
悲喜こもごも、様々な人間模様が
展開されます。
そういうときに、
日頃どれだけ自分自身に留まり、
目の前の現実に応答できる力を
養ってきたかが試されます。
何のためのワークであったのか、
内観を積んできたのか、
ということです。
自分の人生を生き抜く力というのは、
何となくのふわっとした概念
ではありません。
ここぞというときに自分を支えて
前に進む実力のことです。
そういう力を出すときに、
噴き出す感情に飲み込まれ、
ワタワタと混乱して地に足が着かない
状況になるのではなく、
しっかりと意識を保って
その瞬間瞬間なすべきことを
なすべきように自分をコントロール
していく意識力が必要なのです。
そうなれば、
その状況で様々な制約があっても、
できることに集中し、
行き止まりに見えた状況の中で
見えなかった扉を見つけ、こじ開けて
いくこともできたりもします。
つまり、自分の人生を生き抜く力
というのは、自身の生き筋を見つけ
拓いていく力と言えるかもしれません。
困難な状況の中では無自覚に
噴き出す感情に飲み込まれやすく、
マインドに彷徨いがちになります。
自分に留まる技術というのは、
感情に飲み込まれず、
マインドに彷徨わずに
現実に向き合う技術でもあります。
自分に留まり、現実に向き合い続ける中で
おのずから見えてくるなすべきことを
なしていく連続が、その時の自分の
生き筋なのです。
理由探しに奔走するのでもなく、
罰が当たったと恐れおののき、
感情に飲み込まれるのでもなく、
ただ、浮上してくる自身の感情を
まずはしっかり受け止めてみてください。
そのことが、地に足をつけて
自分軸でものごとに対処していく
土台になります。
そこから、開けてくる展開に
自分から離れずに、一つ一つ
丁寧に応答していくのです。
その一歩一歩の歩みが、
静かな奇跡だということに、
多くの人は気が付きません。
みな、派手な魔法のような展開が
奇跡だと思っているから。
でも、そうではないんですね。
地に足をつけた静かな奇跡を
知るように。
そして、そうした奇跡の中にある、
ものすごく深い愛と眼差しに
気づけるくらいの感性を磨くように。