内なる神と自分の中心

内なる神は、今の言葉で言い換えると自分の中心に近いかもしれません。同じものを表す言葉が変わると、その味わい、捉え方も大分違ってきますね。その

「自分の中心」について

中心は、一点なのだけれど、その一点がどこまでも深く入っていくポイントで、無限の奥深さの在る究極のツボみたいなところです。この中心が取れるとい

命の願いを生きる

命の願いは、必ずしも自分のエゴが望んだ姿ではないかもしれません。それでも、それを受け入れ、自身の意識をチューニングしていったとき、これまでの

深遠なる存在の秘密に至る入口

深まっていくつにれ、そこで浮上してくるのはその人の最も根源的な恐れです。そしてそれに直面していくことで、自分自身の深遠な秘密が明かされていく

在り方の「奥」に見る色々

セッションするとき、私はその方が自分自身の中心に対してどんな在り方をしているのかというのをいつも注意深くチェックします。自分が自身の人生を受

天命を全うするとき

いよいよ、魂がこの人生でやり抜こうと決めてきたことを、力を振り絞って実行するときに来ているんじゃないかと思うのです。もう、諦めの中で生きた屍

TOP