行住坐臥

昨日のブログで、意識が深まっていくにつれてエネルギーの圧のようなものを感じることがあると書いたのですが、今この圧をしっかりと受け止められるように意識の筋力みたいなものをトレーニングすることに取り組んでいます。

この取り組みは、筋肉をトレーニングするときと同じように、結構疲労を感じます。エネルギーを使うヒーリングも、ある意味肉体労働的なところはありますね。

私たちは、多かれ少なかれ様々なことを「直視すること」を避けて、負荷を軽くしようとするものですが、それが悪いわけではなく、何でもかんでも直視していたら身がもたないので、適当なところで自分が耐えられるくらいの焦点の合わせ方をして日常を過ごしているわけです。

が、たまに「直視する」トレーニングを日常に組み入れてみると、色々な意味でものすごく鍛えられ、世界が変わるんじゃないかと私は思っています。

たとえば、私のサロンでは「人々の罪を浄める者」という意味の名前を持つ「バラジ」というインドの神様をお祭りしているのですが、この神様はその目があまりに美し過ぎて、私たちが直接見るには強すぎるということで、お顔を布で覆って隠している姿で表されています。

最初に見たときは、顔を隠しているなんて不思議な神様だな~と思ったのですが、あまりに強すぎるパワーにじかに触れてしまったら、確かに耐えられないのだろう、お顔を隠したこのくらいでちょうど良いのだと思うになりました。

毎朝の日課でしているジャパ(マントラを繰り返し唱える修法)でも、このバラジをはじめシヴァ神など様々な神様の名を唱えていますが、ボンヤリ唱えていてもエネルギーは流れてきます。けれどさらに神様をしっかり意識してやると、そのエネルギーを受け止めるのが結構大変だと感じることもあります。

最初の頃は、流れてくるエネルギーの通り道が狭かったり詰まったりしているところが多かったので、体中のエネルギーラインがミシミシいいながら流れていっていました。

今は大分こなれてきたのか、そこまではならなくなりましたが、意識のフォーカスの当て方が深くなってくると、今度は別のレベルでグッとくるものがあり、適当にボンヤリ流して唱えたり、意識を凝らしてしっかりやったりと、調整しています。

本当に神々に対する自身の向き合い方一つで、現れるものが全然違うのだな、ということをしみじみ感じます。

意識の使い方も筋肉を鍛えるのと一緒で、ややもすれば彷徨いがちになる意識を、はずれては戻し、また外れては戻しし、しっかり定めておける時間を少しずつ長くしていくように、最近は少し真面目にやろうとしているところです。

意識し始めると、普段自分がいかにいい加減に意識を暴走させているのか、ということが痛感されます。

よく、修行で行住坐臥(ぎょうじゅうざが)と言われますが、人間の日常生活における基本的な行動の、歩く、立止まる、すわる、横たわることのすべてにおいて意識を絶やさぬこと、すなわちプレゼンスでいることは、シンプルでありながら、究極の人間の在り方なのだろうと思います。

以前、レナードがセミナーの時に、「私を見ていなさい。一瞬でもプレゼンスから外れることがあるかどうか」と言ったことがありました。

もう何年も彼が来日するたびにセミナーに参加していますが、確かに彼が立つ瞬間、座る瞬間、話しているとき、食べるとき、歩くときなど、彼はいつもプレゼンスに居て、彼が無意識でいるところ、マインドの中に入っているところは見たことがありません。

ややもすればすぐにマインドの中に迷い込んでいる私とは大違いです。彼のプレゼンスの深さ、その安定感は、本当に桁違いです。良かったら動画を見てみてください。

彼以外に日常の中でプレゼンスに居る人を見る機会というのはほぼないに等しいのですが、唯一、サロンのある門前仲町の深川不動尊のお護摩に参加した時に、一人だけものすごくプレゼンスなお坊さんがいらっしゃいました。

このお不動様では一日に5回お護摩が焚かれるのですが、毎回数人のお坊さんが出て来て儀式を執り行います。その中で、たまに出てくる方なのですが、一人だけ、最初から最後まで途切れることのないプレゼンスでいる方があるのです。

この方の出ている回に当たると、個人的には何となく嬉しかったりしたものです。本当に修行されていて、本質をご存知の方だと感じるからです。

ただ日々の修行や様々な作業を「こなす」意識でやっているのと、どんな瞬間も「プレゼンスを体現する機会」だと捉えてこれを行うのとでは雲泥の差です。

わざわざ修行や取り組みの時間を取って深く集中的にすることも大切ですが、一方で日常の何気ない瞬間にどれだけ深く日頃の積み重ねを活かせるかというのも、欠かせないことだと思います。

レナードは、「何をするかではなく、どう在るかが重要だ」と言います。とかく、私たちは「すること」の方に重きを置きがちですが、「在ること」によって「目覚めた巨人」のパワーを体現することの方が、実はよほど人生の真理に近づくことなのでしょう。

すべての瞬間が、神の恩寵とともに在りますように。

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