外界との隔絶した在り方と、深い痛みについての気づき

ここ最近、ごく短期間に
すごく共通した在り方をする方たちと
接する機会がありました。

二人目までは、あぁまだ同じ傾向の人だ、
と思ったのですが、3人目となると
これはもうお知らせ以外の何物でもなく、
気付よ~ってことなんだろうな、と
心して受け取ることにしました。

3人は全く同じと言うわけではないのですが、
それぞれにある部分、重なる要素があって、
そのグループを見ることで、メッセージの
全体像が見えてくる、みたいなところが
ありました。

ここからはあくまで私にはそう見える、
ということへの勝手な考察で、
その方たちの真実がそうである
というわけではないので、あしからず。

その方たちが見せてくる一番大きな要素は
「外界との隔絶」で、彼らは引きこもりのように
物理的に隔絶しているわけではなく
人付き合いもそこそこしているけれど、

心の内に厚く壁があるとか、
本体が異界にいるみたいに感じになって、
この世界にはいない、という在り方を
されていました。

こういう在り方になる理由はシンプルで、
要は、この世界にいることが耐え難いから、
鎧を纏ったり、本体を異界に逃して
自分を守っているわけです。

後者のタイプの方は、
異界にいる自分の方が清らかに感じたり、
重要視する傾向があります。

スピリチュアルな世界観の中にも、
この世界は実在の世界の影のようなもの
とする考え方があったりしますが、
レナードはそうは言わないけれど)

この世界をとことん突き詰めて
極めつくした結果、存在のバイブレーションが
上がり、目の前にいるのに別次元に居るように
感じる存在とは違って、

この世界をとことん生き切ることを放棄して、
異界に自分を隔離しようとしている、
と見えてしまうのですよね。私には。

面白いことに、このタイプの方に共通していたのが
感覚の人並み以上の鋭敏さで、
そういう状態になっているのにも
理由があるのだろうと思います。

それはその人たちにとって、
大切な武器である一方で、
人生をひどく生きにくいものにしている
要因の一つにもなっているようです。

身体の器質的にそうなっている方は別ですが、
本人の意識・無意識的な設定でそれを選択
している場合は、

メリットとデメリットを勘案しながら、
もう一度それが割に合うものなのか
設定し直すこともできるだろうと思います。

個人的には、自分が対処できないほどの
感覚刺激に対して開き続けるストレスから
自分を閉ざす在り方を選択するよりは、

自分が対処できるくらいの感覚刺激の
受容感度でいてきちんと外界に開いている方が、
ずっと得られるメリットも生きやすさも
違うのではないかな、と思います。

まぁ、人生に何を求めるかってこと
でもありますけれど。

それから、先日ある方と話していた時に
私の中で長年、完全に癒えなかったある気持ちの
完了へのヒントを見つけたので、自分自身の
備忘録として記しておきます。

そのある気持ちと言うのは、
このブログでもお馴染みの
神への失望と絶望です。

先日、もうこれは自分にはどうにもならない
と縁の神社のご祭神にお預けしてきて
思いなのですが、

深く神を信頼し、人生を捧げていた過去世で
その結末がひどく悲惨なものであった
と言うストーリーが私の中にありました。

自分自身の核となりベースでもあるものが
根底から打ち砕かれ、ハートが裂けるような
体験の中で、私は神に裏切られたという
ショックから神を深く恨み、憎み、呪いました。

その時、私はその体験からも神からも
離れていたのだと気づきました。

呪うくらいなのだから離れたのは
当然なのですが、体験から離れたことによって、
その瞬間の痛みを生む状態が時間を止めて
固まってしまったのです。

感情解放ワークでは、感情のエネルギーから
離れてしまうと、完了しないでそこで
エネルギーが固まってしまうと言いますが、
まさにその状態になっていたわけです。

そのことに気づいたので、
神社のご祭神にお預けしてきたあの痛みを、
もう一度自分に戻していただいて、
ハートが裂けたあの瞬間に戻って
それを受け止めることにしました。

自分に受け止められる分ずつ、
少しずつ出てきてね!って呼びかけて。

そうして、あの人生の土台が崩壊していく
そのプロセスに踏みとどまって
その体験が自分を通過していくのを
観察していく中で、
気付いたことがありました。

神の恩寵は私を去ってはいなかった、
ということです。

私は辛い体験で神に裏切られたと
神を去りましたが、
神は私を去らなかった。

その体験を、私が必ず通過していくことを
信じ続けている、信頼のような感覚を
感じたのです。

まさに魂がバラバラになってしまうのではないかと
思うような苦しみに我を見失わんばかりに
なっている私の、もっとも深い可能性を
見つめ続けているその眼差しに、
何とも言えない思いがしました。

人間の理屈では到底理解できない
その体験の中で、私の魂には、
確かに何ごとかの変容が起こっていました。

まだこの変容は継続中なので、
引き続き観察していこうと思います。

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