人とのコミュニケーションで、
その人がどんな風に他の人と交流
しているのかをリーディングすると、
色々見えてくるものがあります。
一見、楽しそうに対話しているようでいて、
ごく表面的なところでしか触れ合って
いなかったり、
一人が一方的に心地良く話すばかりで
相手の方が置き去りにされていて、
ただ気を遣われて合わせてもらっている
だけであったり、
自分が気づいていないだけで、
相手の方は自分が思う以上に深く見て、
ただ黙って受け止めておられたり。
本当に深く触れ合い、
互いによく理解し合って
信頼関係を結べているのは、
非常に貴重な関係性ですね。
多くの人がそのような関係を
望みながらもなかなかに出会えず、
築けないでいるのは、
自分を開いた状態で触れ合うということ
について、理解も認識も追いついていない
からではないかと思います。
自分を開いて傷つくことへの恐れから、
閉ざしたままそこそこで他者に
向き合う一方で、
孤独や淋しさ、
本当に深く触れ合う喜びへの渇望から、
自身のその在り方はそのままに、
誰かにわかってほしい、
受け止めてもらいたい、
絶対的な味方でいる特別な存在に
出会いたいという意識、無意識的な
欲求はあるのですよね。
あなただけが分かってくれた、
側にいてくれた。
みたいな。。。
そんなロマンティックな
運命の出会いのストーリーに人は
酔いしれたくなるものだけれど、
自分自身が閉じていたら、
本当に深く触れ合い、互いに満たされる
エネルギー循環の生まれる関係性は、
やはり望めないように思います。
そもそも孤独や淋しさを感じない、
それ自体が問題なく、エネルギー循環
など求めていないという人は別として、
求めている、そして恐れてもいる人は、
その恐れを克服していくことが必須です。
けれどもしばしばそれが難しいのは、
自分を閉ざすことで自分を守ってもいる
からです。
恐れは、過去の痛みの記憶というように、
そこに傷ついた深い傷が癒されないまま
残っているからこそ、恐いのですよね。
それがそのままだと、
自分を開いて人と接することは
できません。
では、その傷が癒えればもう大丈夫なのか
というと、もう少し先の段階もあって、
確かに傷が癒えれば人間関係は
随分と楽になり、楽しくもなりますが、
深く触れ合えばそれだけ汲み取れてしまう
ものもあり、それに飲み込まれずに
対処する力も必要になってきます。
自分を関係性のエネルギーの中で
分離させて保とうとする人は多いですが、
それだと逆に足元をすくわれるんですよね。
ここが直感的には、なかなか理解しがたい
ところなのだと思うのですが、
ポイントは、
自分を開いて相手を感じるけれど、
同時に自分自身が感じているものにも
気づき、受け止め続けて離れずにいること
なのです。
これができると、
自分軸を保ったまま、相手を感じ、
頭を超えて理解し、受け止めて
交流できるのです。
自分を分離させて自分軸を保つ人は、
相手を感じていないので理解もできないし、
相手からしたら、
受け止められた感じもないので、
違和感あるいは不快感を
抱いてしまうでしょう。
こういう原理がわからないままに
頭のテクニックで何とかしようとする
人は多いけれど、
人の感性は本質的にはとても繊細なので、
そんな小手先で本当の信頼関係が
築けるほど、誤魔化しが効くもの
ではありません。
まぁ、あなたがどのレベルの関係性を
この人生で体現したいかで、
求めるものは違ってくるでしょうが、
参考になれば幸いです。