自分自身の勉強のために
色々な動画を見るのですが、
先日、ある動画を見ていたら、
何年も忘れていた、幼少期に
母にされてとても嫌だったこと
の記憶がふと上がってきました。
今でも、母が何を思って
それを私に強要したのか理解不能
なのですが、とにかく私にとっては
ものすごく不快な出来事でした。
連鎖して、他にも母に強要された
ものすごく不快なことの記憶が
いくつか上がってきたので、
せっかくだし、ということで
セルフワークしてみました。
母の名誉のために付け加えておくと、
母はとても情の深い人で、兄弟3人とも
愛情をもって育ててくれたと思います。
ただ、ものすごく頑固で若いころは
特に激しい人でもあったので、
それが強烈に出た部分に関しては、
私と上の弟は年代的にもろにそれを
被っていたので、結構傷になった
部分もあるというのは弟と同意見でした。
私とは14歳離れた下の弟は、
親がもっと丸くなってからの子供なので、
上の2人が受けたような激しい扱いはなく、
親に対するイメージは随分違うと思います。
不器用だったり考え方に偏りがあったり
しても、今思えば、当時の親の状況
に対して、理解できるところはあるし、
感謝ももちろんしていますが、
でも、だからと言って、
ものすごく嫌だった、と言う私の気持ちは
厳然としてあるんですね。
それを、母も大変だったから、
と無いことにはできないのです。
子供にしてみたら、
どんなに嫌だと訴えても、
昭和の親は、今の親御さんのように
子供の気持ちを尊重するとか、
そういう概念はないのですよね。
少なくとも、我が家ではそうでした。
口ごたえをしようものなら、
それは我儘だとされて問答無用で
力でねじ伏せられたのです。
無力な子供にとって、
逃げ場などありませんでした。
それが家の躾であって、母もまったく
悪いことだとは思っていませんでした。
晩年、色々話すことがあったときに、
その時の気持ちを母に伝えたことが
ありましたが、結局生涯、母は
受け止めることはなかったですね。
それを認めてしまったら、
自分のしてきた子育ての根本を
否定することになるので、
それはできなかったのだろうと
思います。
そういうところは柔軟ではなく、
脆いところがありましたね。
そんなことを思いながら、
イメージワークでその時母に
力で無理やりねじ込まれ、潰された
私自身の気持ちを思い切り表現し、
全身全霊で抵抗してみました。
これまでは、嫌だったのに!!!
と悔しさと不快感一杯でも
どうしようもないやるせなさで
被害者になるしかなかったのですが、
当時は叶わなかった抵抗を
思う存分、自分の力を振り絞って
やってみたのです。
それでわかったのは、
母の強烈な私への抑圧は、
自分が壊れるか、子供が壊れるか、
どちらかの生存をかけた戦い
だったのだということでした。
子供を御するのに、
そういうやり方しか道がない
みたいな意識でした。
これだと、どちらが勝っても
いびつな傷が残ります。
そしてまた、これは
自分が自分と戦っている構図の
投影でもあることを感じました。
良かれと思ってやっていることが、
実は自分をものすごく傷つけている
というのは、心当たりがありました。
これからは、自分を抑圧し、
締め上げてコントロールするのではなく、
まずは自分を安心させてあげるやり方に
転換していこうと思います。
自分の気持ちをちゃんと尊重し、
傷つけない在り方を目指していきます。