揺らぐ心をもって生きること

日々色々なことがあって、
心に様々な感情が呼び起こされますが、
上手くそれが消化できずに引っかかった
ままになってしまうと、

自分の心がどういう状態に
なっているのか理解できないまま、
すっきりしないものを抱えて
持て余してしまうことがあります。

そうして後から一つ一つのことを
振り返ってみて、何に対して
自分の心がどう反応したのかを
整理して、

やっと今感じているもやもやが
どこから来ていたのかがわかるのです。

あのことよりも、このことの方が
ずっとショックだったんだな、とか、
悲しかった、すごく動揺していた、
怒っていたんだ、とか、

自分の心に起こっていることが
少しずつ自分で理解できていくと、
混乱が多少落ち着いて、自分の感情を
受け止めていくことができます。

感情は理屈で割り切れるものではないので、
頭では納得していても、心がついてこずに、
しばしば取り残されてしまうことが
あるのです。

そうなると、頭と心がばらばらになって、
自分でも、納得しているのに
もやもやしていて何かがおかしい、
と感じていても、

どうしてそうなっているのか、
わからないまま、ちぐはぐな心を
抱えた機能不全状態で生きていく
ことになります。

このように、
頭と感情は違う道理によって
働いているという知識がないと、
自分の不調にうまく対応することが
できません。

頭の理屈ですべてきれいに割り切って
生きられるわけではないんですね。

もちろん、人によって、
頭の理屈が感情よりも比重が大きく、
割り切りやすい人もあるでしょうが、

そういう人でも、事柄によっては
途端に冷静ではいられず、
理屈に合わない判断や反応を
示すときもあります。

訓練や心がけである程度は
コントロールできても、
その範疇を越えてしまうところでは、
理性よりも感情のエネルギーの方が
ずっと大きいためです。

私たちは、どこかでその
感情のエネルギーの威力を知っている
が故に、それを恐れているところが
あると思います。

感情をこじらせた時の厄介さは、
誰しもが経験したことがあるでしょう。

だからこそ、
自分がコントロールできない
種類や質、ボリュームの感情については

蓋をして抑圧をし、無かったことにしたり
すり替えたり分離させたりして
触れないようにするのです。

けれど、本質的にそのような対処では、
感情のエネルギーを適切にコントロール
できているとは言えません。

本当は、それらの感情も
ちゃんと自分の一部として受け止め、
生きられる自分であることの方が
ずっと健全です。

丸ごと自分のすべてを生きている人は、
その人らしい自然な魅力が溢れ、
懐深い人間味があります。

動揺も悲しみもショックも怒りも、
親しみや安心の感覚、喜びなどと同様に
存在する意味があり、価値があります。

確かに、こじらせたら厄介ではありますが、
そんな自分の側面も、まるっと慈愛の心で
抱きしめて行けたら良いですね。

日々揺らぐ心を持ってこその人間。

その儚さも繊細さも、
愛して生きていきたいと思うのでした。

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