色々な人を見てきて、
自分軸を取る時に様々なやり方が
あるのだな、というのを思ったので、
今日はこの辺りについて書いてみます。
たとえて言うと、
心にもインナーマッスルと
アウターマッスルみたいな使い方
があって、
肉体の筋肉と同じで、
心のアウターマッスルを使うと、
心が固くなりがちです。
心のアウターマッスルを使うって
どんな感じやねん!って思われるでしょうが、
外から自分をぎゅっと固めるようにして
自分を支えている状態です。
自分の中心からの力を使わずに、
信念や教義など外のものを固く信じることで
自分を支えている在り方のことです。
これが行き過ぎると、
自分の信じるもの以外は頑なに排斥するとか、
他者と比べるとか、悪く言われないように、
認めてもらえるように等、良くも悪くも
自分以外の外側のものを行動の起点とする
在り方になっていきます。
一方で、心のインナーマッスルを使う
というのは、私の言葉で言うと、
内なる神にしっかり繋がった状態で、
そこで感じるものを軸にして生きる
在り方になります。
これだと、あらゆる行動の起点は
自分の深奥にいます内なる神で、
誰がどうこうではなく、
自分のハートがどう感じるのか、
になっていきます。
戒律や常識で自分を縛ることなく、
内から湧き上がるものを大事にして
自分を表現していきます。
本当の自分軸は、
まさにこのインナーマッスルを使う
在り方の方です。
自分軸で生きていると、
他者をガチガチに束縛したり
抑圧することなく、
自身の内なる神を大事にするように、
他者の内なる神や、歩みのプロセスも
尊重することができます。
これは、相手の在り様で
自分自身が左右されず、
自分で自身の在り方を決めることが
できるからです。
たとえば、
親や先生、上司に気に入られなくても、
子供が思うような振る舞いをせず、
勉強ができなくても、あなたの自尊心や
自身の価値が損なわれないし、
真に自分にとってどうなのか、
という視点で自身の内なる力を
発揮していくことができるので、
その意向に引きずられた選択を
しなくなります。
認めさせてやろうとか
見返してやろうとかいうのも、
良いとか悪いではなく、
他人軸の視点です。
ちらちらと誰かの目線を気にしながら
自分自身がどう在るかを決めている
からです。
相手が認める自分は、
本当に自身の内なる願いと一致する
自分の姿とは、必ずしも一致する
わけではありません。
誰かの目線を気にする前に、
自分自身の本当の願いに心を澄ませようと
したことがあったでしょうか。
自分の願いをいつも置き去りにして、
必死で外の目線を打ち負かすことに
奮闘してこなかったでしょうか。
そういう在り方を続けてくると、
心はどうしてもガチガチに固くなります。
そして、その在り方で他者に接すると、
必要以上に相手を束縛・抑圧したり、
強要してしまうのです。
軸をしっかり自身の深奥に置いて、
ふっと深く呼吸をして、
余計な力を抜いていきます。
シャカリキに頑張らなくていいけれど、
譲ってはいけないところは守るように。
心の力の適切な使い方を
身に着けていきましょう。