感情というのは、
こじらすととてつもなく厄介だけれど、
深く味わうことができれば、
人生をものすごく豊かにしてくれる
エッセンスです。
けれど、多くの人はこの厄介さに
ホトホト傷つき、トラウマを抱えて
深くかかわらないように、適当に
やり過ごすようにして生きています。
だから、
そこそこ生きては行けているけれど、
心底心が震えるような様々な存在との
交わりもなく、どこか物足りなさを
感じながら日々を過ごしているんですね。
セッションでも、表面的には
そつなくコミュニケーションをとっている
ようでいて、本質的にはエネルギーは
交流しておらず、
どこか警戒心を抱きながら、
信頼のレベルで交流するのではなく、
信用できるかどうか、損か得かで
注意深く間合いを図りながら
接しているケースをよく見かけます。
信用のレベルでは人と付き合えるけれど、
信頼のレベルではどうしても付き合えない
という方、少なくありません。
けれど、心ふるわせる感動や
染み入るような思いの深さ、切なさを
味わえるのは、信用よりも、
もっと情緒的なレベルの触れ合いでしょう。
それができなくなっているというのは、
あまりに傷つきすぎて、そういうレベルで
人と交流することを諦め、閉ざして
しまったからでしょうか。
もう求めてはいない、という方は
それで良いのでしょうが、
そうではないという方が再び情緒的な
交流を求めようと思うなら、傷つくことへの
恐れを癒し、越えていくことは必須です。
傷つくことはものすごく辛いし、
ひどく打ちのめされる体験でもありますが、
そういう気持ちを味わうことで、
わかるようになることもあります。
そして、その分だけ、
より繊細なレベルで人の温かさや
有難さが染み入る感覚がわかりますね。
恥も外聞もなく、いかなる取り繕った鎧も
はぎとられ、生身のハートが直接
震わされるような感動も、
鎧を維持できている内は、
なかなかに味わうことはできません。
そういうことを味わう感覚が
壊れてしまったように感じている方も
あるかもしれませんが、
求め続けることです。
祈り、求め続けることで、
あるタイミングで叶うことがあります。
人それぞれ、何かサポートを受けることで
取り戻せる方もあるでしょうし、
奇跡的な何かの働きで、突然その感覚が
癒され、回復するかもしれません。
あるいは、自分なりの努力を重ねて、
気が付いたら願いが叶っていた
と気づく日が来るのかもしれません。
いずれにせよ、人間として生まれ、
生きているのなら、感情や情緒といった
人間ならではの側面を深く味わうことで、
宝物のような体験をたくさんするでしょうし、
宇宙の深淵な何かに触れるような体験を
される方もあるかもしれません。
私たちは人間だから、
自分の感情を通して知る世界があります。
それを無いものとしてやり過ごすのも良し、
逃げずに深く探求して、深遠な世界を
覗くのも良し。
あなたはこの人生で、何を味わい、
どんな景色を見るでしょう。
あなたの望みが、この人生で
体現されますように。