この自分から始め、この自分で生きていく
どれだけ未熟でも、思うようにいかなかったとしても、その自分から始め、その自分で歩んでいくしかないのです。その自分を見捨て、切り離し、蓋をして
偽りの自分を脱ぎ捨てて、本当の「私」に帰る場所
どれだけ未熟でも、思うようにいかなかったとしても、その自分から始め、その自分で歩んでいくしかないのです。その自分を見捨て、切り離し、蓋をして
愛とは何なのか、自分に勇気がないことの言い訳に、大切な人を使ってはなりません。自分の中の恐れに、精一杯の力を振り絞って対峙するのです。そのと
淋しさを自分で支えられないから、自分のためにならない人間関係から離れることができず、自分を差し出してしまって他者にコントロールを許してしまう
ただすがりたいだけの人に自分の大切なエネルギーを貪らせることは、自分にとってももちろん良くないですし、相手にも、私は依存してもいい人なのだと
それらの感情は、手放したものを失ったから生じたものではありません。あなたが手放したものを得るもっと前から、もともとあなたの中にあったものです
自分自身が信頼できなければいけないと私は思うのですよね。自分でなんでもかんでも全てできなければいけないというわけではなくて、誰とどんな関係性
もらったアドバイスが自分の進みたい方向とは逆のことを言われたとき。単に反発したり、信頼できる人が言うのだからそうなのだろうと訳も分からず従う
「ブロック」がそこにそのような状態で在るということ自体に、意味があるのです。なぜそれがそこにあるのか。考えたことありますか?それはそこに必要
相手の心の奥深くの思いに触れることへの恐れから、私たちはどれだけこうした愛の触れ合いに背を向けてしまっているのだろうと、しみじみ思いました。
人は、自分で自身の責任を引き受けたとき、本当に他者を愛し、他者から愛されることができるようになります。本当に愛の関係を築くことができるのは、