日頃から、言行一致、
心と頭、体の向かう方向が
ズレてしまわないようにと
意識はしているのですが、
それがまったく一致できて
いなかったということに気づいて、
自分でもびっくりしたことが
ありました。
プライベートのあることで、
きちんとしなければいけないと
非常に気を付けて、粗相のないように
していたはずなのですが、
どういうわけか、そうすればするほど、
やる気のなさがところどころ
態度に滲み出てしまう場面があって
動揺しました。
本当に頭では、やる気がないわけでは
決してないと思っているので、
どうしてそんな風になるのか、
まったくわかりませんでした。
後でそのことを振り返ってみて、
たまたまやる気がないように見えてしまう
振る舞いになってしまったのだろうかと
思って、自分の態度が受け入れ難かった
のですが、
仮に、そのやる気のなさが
心の奥底に隠した本音だとしたら、
と考えて受け入れ難かったものを
受け入れてみると、
それはそれで落ち着くというか、
あれほどざわついていた心が
すっと静かになりました。
ということは、やはり
あのやる気のなさは本音だった
のでしょう。
そして、私はそのやる気のなさを
いけないことだとジャッジメントし、
瞬間的に抑圧をしたのです。
こうして冷静に眺めてみれば、
やる気がないこと自体が悪い
というわけではないはずなのに、
いざそれが自分の心に生じると、
強烈にジャッジメントしてしまい、
その結果、無きものにしようと
取り繕うようになるのだと
改めて思いました。
やる気のなさを抑圧するということは、
本当はやりたくもないことを
頭で無理やりさせようとしているわけで、
それは在り方として不健全です。
相手に失礼な状態になる
もっと手前の段階で、何か選択が
間違っていたのでしょう。
自分でそれに気づけないと、
本心と乖離した行動はどんどん
歪みが大きくなって、最終的には
今回のように取り繕えなくなります。
頭でどう振り返ってみても、
そこには矛盾は見当たらないのですが、
体のレベル、魂の繊細なレベルで
見て行ったときに、確かにそこには、
無意識に抑圧したサインがありました。
通常だったら、そういうところは
丁寧に過ごしているのですが、
ある条件が加わると、優先順位が
一気に変わってしまうのです。
その瞬間に抑圧が発動し、
サインが見えなくなってしまいます。
自分の心や体、魂の声を握りつぶしても、
やるべきだ、やらなければならない、
と突っ走ってしまうこの反応、
ある意味、恐いですね。
ただ、それが普通で、完全に内なる声と
一致していられない状況もあるから
仕方がない、というのも確かにあります。
そこを、どう折り合いをつけていくのか。
そもそも、折り合いをつけるということ自体が
違うのか。
それでも、できる限り一致していられる時間を
長くしていきたいと思うのでありました。