多くの人は、
今よりも良くなろうとして、
明るい方、高い方を目指します。
ある意味、それはそれで正解
だと思うのですが、実はそれこそが
今ある不足不満の地獄を継続させている
元凶になっていることもあるかな、
と思います。
どうしたら
この地獄を抜け出せるのだろう、と
何度も問い続けてきたし、今も
問い続けているでしょう。
そしてその時、まさに目線は
どこか遠く、ここではないどこか
を見ています。
つまり、今を生きていないわけです。
地獄とは、まさにその在り方のことです。
これを読んでいらっしゃるあなたは、
多分何度も同じような話を聞いてきた
と思います。
でもまだあなたは、地獄にいる。
どうやってここから出たらいいのだろう?
まだ考え続けていますね。
いい加減終わりにしたいのに、
こんなの、望んでいないのに。
色々なところに出かけて行って、
様々な人の話を聞いてきたでしょう。
多くのマスターたちは、
同じことを言っていたかもしれません。
あるいは、手っ取り早く、
これをすればあなたの人生は良くなります!
という秘密の手法を、高いお金を払って
学んだかもしれません。
それが全く無駄だったとは思わない
でしょうが、でも気が付くと、
何十年も前から問い続けてきたことを、
また問うている。
自分はまだ、同じところにいる。
一体どうやって。。。
今までやってこなかったことをやるとか、
目を向けていなかったところに
目を向ける必要があるのでしょう。
でも、それも今まで、
どれだけやってきたか。
そうおっしゃる方たちを、
どれだけ見てきたでしょう。
そういう方たちが共通して
目を向けていないところ、
触れていないところがあるんですね。
無意識に、つるつると逃げているところ。
逃げているという自覚すらないところ。
自分は十分に向き合ってきたし、
見てきたし、やってきている、
という自負も、妙なブラインドに
なっていることもあります。
一体何をどう見たら、気づけるのか
という問いに、一番簡単に答える
とするならば、狭き門より入れ、です。
私のお伝えしている感情解放ワークでも、
根本は、最も辛いところ、苦しいところに
意識を下ろしていく、というのが
実は最も確実な最短ルートなのです。
だから、
自分は十分に向き合うつもりがあるし、
準備ができている、と思う方は、
ぜひやってみたらいいでしょう。
体感覚から入ってもいいし、
何か過去の具体的な出来事を設定して、
それを思い浮かべたときの気持ち、感覚から
入ってもokです。
本当にその感情や感覚に触れられているか、
どこか現実味が無かったり、当事者意識がなく
他人事、傍観者のように感じたりするのは、
きちんと触れられている状態ではありません。
逃避防御システムが働いています。
本当に触れてしまったら耐えられない、
という無意識の恐れから、分離させている
のです。
その分離を解いていかなければ、
統合には至りません。
分離させ、他人事のように当事者意識なく
それに触れても大丈夫だと口先だけで
言っても、それは当事者として触れ、
向き合う体勢ができているとは言えません。
あの苦しみに、再び触れ、受け止められる
自分で在るのかどうか。
問うべきは、そこなんですね。
そこの識別ができていないままに、
向き合っていると口先だけで言っている人は
少なくありません。
今一度、自分の人生を当事者として
受け止め、生きるということを
問うてみてください。