宿命は変えられないけれど、
運命はある程度変える余地がある
と言われることがあります。
私の感覚だと、それも
「ある程度は」なのだろう
という気はします。
どんなに望まない運命でも、
受け入れなければいけないときは
確かにあるのです。
たとえば、ということで
身内の話を少ししたいと思います。
私の家は、東京の下町で
曽祖父が始めた酒屋をやっていました。
昔はかなり羽振りが良かった
時代もあったらしく、まぁ色々と
伝え聞いていた話はあります。
時代は下って、
祖父から父へと代が替わり、
そして私と弟たちが生まれました。
店の運命は、実は長男が生まれたとき、
あるいは、次男が生まれたときに
既に決まったのだろうと、
後から振り返れば思います。
というのは、生まれた3兄弟の中に、
誰も店を継ぐ資質のある人間が
いなかったんですね。
私は女だったので、両親は
もちろん長男である上の弟を
跡取りに考えていました。
けれど、彼には商売人の資質がなく、
職人、中でも大工が天職でした。
それでも、父亡き後、いったんは
彼が店を継いで、私もある意味、
ホッとしたところがありました。
どこかで、家を背負っていた感覚が
あったからです。
けれど数年して、どうにも彼には
あまりにも店を経営する資質がなく、
本人の意識も定まらないということが
明らかになって、
当時母が色々なことを相談していた
千里眼のお坊さんから、弟を父の友人の
親方のところに出せ、と母は言われた
そうです。
そんなことをしたら、
店を継ぐ者がいなくなってしまう。
先祖から受け継ぎ、父に託された店が
終わりになってしまう。
母は言われてから4年半、
悩みに悩んだと言っていました。
長男を外に出して、長女の私も、
次男も見るからに店をやる感じでもない、
となれば、自分が生きて動けるうちは、
店をやって、終わりにしよう。
母はそういう未来を、
弟を外に出したときに、
肚を括ったのだと思います。
最も選びたくなかった運命を、
避けようもなく、引き受けるしか
なかったのです。
どこかで変えることができたか、
と言えば、多分どう転んでも、
同じ道しかなかったと思います。
店の運命としてはとても残念なこと
ではありましたが、今の兄弟3人を見れば、
その選択は正解だと思えます。
みな息災で、つつがなく幸せに
暮らせています。
最も辛い選択を受け入れることで、
それぞれがそれぞれに引き受けた
未来と気持ちがありました。
それらが、私たち家族を
とても成長させたのではないかな、
と思います。
人生が差し出すものは、
ときにとても厳しいものがありますね。
でも、ウキウキハッピーばかりが
良い、ということでもないのです。
ここまで来るまでにも、
道は一筋縄で順調だったわけでは
ありません。
上の弟も、いきなり放り出された
大工の世界で、彼なりにとても苦労
したと思います。
でも今は、周囲からも随分
頼りにされる職人になりました。
下の弟も、遠方に暮らしていますが、
幸せな2児のパパです。
それぞれの人生に差し出されたものを、
それぞれの立場で向き合いながら、
自分なりの正解の形にしてきたんですね。
先祖が開いた店はなくなったけれど、
時代の中で、それなりに生きている
姿を見せることが、せめてもの
先祖に対する報恩かな、
と思います。
目先は苦しく思えるけれど、
視野を大きく広げて見れば、
温かく深いものが流れている
道がある。
ただし、その深さにたどり着くまでは
本人の努力次第。
望まぬ道と見えるものに抗い、
別の道に何が何でもねじ込んでみせる!
というのもアリかもしれないし、
避けようもないと見える運命を
肚を括って受け入れたところから
見えてくるものもある。
昨今は、何でもかんでも
願いが叶うのが正解!みたいな
風潮もあるけれど、
叶わぬ人生だからこそ、
必ずしも不幸というわけではない
という視点があってもいいかな、
と思いました。