スピリチュアルな恐れと魂の記憶
どんなことも、自分自身を知る気づきの機会ととらえて、恐がって逃げるのではなく、しっかり見たらいいと思います。見ないで目を覆っているから恐いん
偽りの自分を脱ぎ捨てて、本当の「私」に帰る場所
どんなことも、自分自身を知る気づきの機会ととらえて、恐がって逃げるのではなく、しっかり見たらいいと思います。見ないで目を覆っているから恐いん
意識がプレゼンスにない状態では、エネルギー的にも色々なレベルでの分離が見られます。分離しているからプレゼンスにいられなくて結果、マインドの世
昨日はお正月早々、とある出来事からワークをしたのですが、これについて書いてみたいと思います。ちょっと血なまぐさい話になるので躊躇したのですが
愛がほしいと貪るよりも、愛によって埋めようとしている耐え難い痛みを自分で引き受けたら、愛は自然とやって来るものだと思います。というより、それ
もう限界を超えているという自身の状態を認識することが大切です。そんな状態の自分を、なぜそこまで駆り立てて動かそうとしているのか、という動機に
怒りや憎しみが自身の中にあっても、そんなものがあるはずがない、と思考のレベルでは言えてしまうのです。けれど、ハートにそれはできません。だから
外側の何かに依存するのではなく、あなた自身の内に、真のパワーを見つけてください。自身の外で起こって来るものや感情や感覚に、あなたの本質を変え
闇を拒絶するのではなく、闇に飲み込まれないだけの強靭な霊性をぜひ鍛えてください。忍耐力と洞察力、そして内なる神との揺るぎなき絆をしかと身につ
間違いなく私たちは毎瞬、1秒も休むことなく周囲から様々な影響を受けているのと同時に、自らも発信しているものがあります。それが、自身の周囲の空
助けを求めて断られたときに、相手に怒りや恨みを感じるかどうか。また、しかるべき対価(お金ばかりとは限りません)を払う意思があるかどうか。対価