プレゼンスへの葛藤

DVD「イエスの解放」を見て久しぶりにレナードの力強い声と姿に触れ、そしてまたこれまで語られることのなかったプレゼンスの教えの奥にあった神の摂理を知ったことで、今一度、私にとってこのプレゼンスの教えとは何だろう?と原点に返っています。

それは私の人生には欠かすことのできない大切な支柱となっていますが、その教えの実践には一番最初の時から今に至るまで、葛藤が付きまとっていました。

2011年に初来日して週末ワークショップが開催されましたが、当時私はヒーラーとして、ヒーラー仲間とともにより早く簡単に人が癒えていく方法を探求していました。

その時は全く悟りや意識の目覚めになど興味はなく、ただヒーリングを行うときの意識状態がエネルギーにダイレクトに影響することから、意識の探求を行っていたにすぎませんでした。

そんな中、レナードが発したある言葉は、ヒーラーとしての私の存在意義を脅かすほど、衝撃を与えました。その言葉というのが、「あなたを癒してあげようという人がいたら、気を付けなさい」というものでした。

レナードの偉大さ、尋常でない何かに異議を唱える余地は既に無かったので、ヒーリングを生業とするものとして、その彼の言葉をどう受け取り、自身の行く道を定めたら良いのか、全く分からなくなってしまったのです。

丁度その時に行っていたのは、かなり強いエネルギーでガンガンにグロックを外して行こうという方式のヒーリングを中心としていたのですが、そのやり方にも行き詰まりを感じていた時でもあり、私は自身のヒーリングのやり方を見直すというだけではなく、在り方そのものを問う、全くのゼロベースに戻したところからすべてを組み立て直さなければならなくなったのです。

そこから、自分に向き合い、抑圧された感情にひたすら取り組んでいったわけですが、本当に五里霧中、暗闇を手探りで進むけれど、それが正しいのか間違っているのかも分からない状態でした。

プレゼンスの教えも、自分一人では1秒たりともプレゼンスに居ることはできませんでしたし、次から次へと噴き上がるネガティブの感情の嵐にどうにかして対処するだけで、毎日ヘトヘトでした。

レナードは、真の癒しはプレゼンスをベースにして起こると言いますが、ではプレゼンスに居られない状態の人はどうやって癒えて行ったらいいのか。その答えを教えてくれる人はどこにもいなかったのです。

そんな状態でも探求を続けたのは、どこかでこの歩みが、私にとっては避けることのできないものであることを感じていたからと、当時読んでいたニサルガダッタ・マハラジやラマナ・マハルシといったインドの賢者たちの恩寵が、ともに在ることを感じていたからです。

そうした時期を経て生まれたのが、今みなさんにお伝えしている感情解放のワークなのですが、これはどうしてもプレゼンスに居られない私たちが、どうにかして抑圧された感情を解放していくことを目的としたワークです。

プレゼンスに深く根付くようになったなら、プレゼンスが私たちを癒してくれるようになります。ワークはそれまでの暫定的な癒しの方法なのです。

レナードの教えはとてもシンプルです。けれど、シンプル過ぎて、一度つまづくとそれをどう克服して良いのか分からないというのが、今に至るまで私が葛藤している原因になっています。

確かに、本に書いてあるしセミナーでも繰り返し彼は語っているけれど、その通りにできないしその通りに感じられもしない、エゴは納得していない状態で、どうやってプレゼンスを深めたらいいのか。

私はいつもこのことで、深い絶望を感じてきました。

数年前のリトリートで、私は「どうしてもプレゼンスに居ることが難しいのだ」と彼に訴えたことがありました。が、彼の答えは断固とした「NO!」でした。プレゼンスに居ることが難しいという私の訴えは一片も受け入れられることなく、退けられてしまったのです。

このことで私は、自分が感じている葛藤から、どうにかして彼に救い出してもらうという希望は完全に断たれてしまいました。

このことは、今に至るまで私の中で長く尾を引いていますが、自分で道を見つけなければならないという師の与えた宿題なのだと思って、1年、1年を過ごしてきました。

リトリートのたびにどれだけ自分がその宿題に応えられたのか、少しは進んだのかもしれない、でもまだ至らない。そう思いつつ、その足りない部分を新たな宿題として次の回まで取り組むことの繰り返しです。

簡単には答えはもらえないものなのだな、と歯を食いしばりながら行く道に、殊更に意味を見出そうという気ももうないのですが、DVDを見たときに、イエスが肉体の死後、無数に繰り返してきたという転生で味わってきたもののほんのわずかなエッセンスでも、似ている部分はあるのかもしれないと思いました。

「今生で、それがやって来るなんて思いもしなかった!」というあの感慨が、いつか自分にも来るのだろうか。恩寵の扉が開くのは全くもって、人の手の届く範疇にないのならば、全てを諦めてただ目の前のことを淡々とするしかないのだろうか、などと思ったりもします。

そんな複雑な思いを抱えながら、改めてプレゼンスに向き合う今日この頃です。

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