明日19時からの満月のオンライン瞑想会、
ドタ参加も大歓迎です!
詳細、お申込みはこちらから。
⇒満月のオンライン瞑想会
さて。
私たちは、感情や感覚を感じることが
あまりにも辛いとき、感じることを
閉ざして、自分を守ります。
そうすることでしか、
生き延びることができないときも、
確かにありますね。
だから、
そういう状態になっていること自体が
悪いとは思いません。
ただ、それは緊急避難措置で
とても無理のある在り方ゆえに、
その状態でずっといるのは、
あまり健全ではありません。
人生のどこかの時点で、
その無理のある状態を解除して、
未消化の感情・感覚のエネルギーを
消化・昇華させてあげる必要があります。
感じ、生きられることのなかった
そうしたエネルギーは、感じなければ
消えて無くなったというわけではなく、
無意識下で生き続け、様々な影響を
与え続け、生き辛さの原因に
なっていたりします。
無意識なので、
その生き辛さがどこから来ているか、
本人も気づかないことがしばしばあり、
それがこの解消の難しさの一因にも
なっています。
人によっては、
その感情を生んだ原因となる出来事の
記憶自体を封印していることもあり、
普通では聞かれても全く覚えていない
なんてこともあります。
けれど、あるタイミングに来たときに、
何かのきっかけで、ふとそんな記憶が
突然蘇ることがあるんですね。
それは、人生からの呼びかけです。
向き合うのは恐いかもしれないけれど、
ずっと抱えてきた重荷を下ろすときが
やっと来たよ、ということでも
あります。
もうこれ以上、バラバラの自分で
生きるのは終わりだよ、という合図です。
失われた自分を取り戻し、癒し、
力強く、真の人生を歩んでいくときに
来たのです。
誰しも、自分自身の傷を癒す力を
持っています。
ただ、自分自身を分離させ、
切り刻んでしまうと、
その力を見失ってしまいます。
とは言え、
傷の痛みがあまりに深いと、
自分を分離させずにそれを受け止めるにも
ある程度の成熟した意識でないと
難しいので、やはり傷に向き合う
タイミングは、あるのだと思います。
よく、時間が癒してくれるという言葉が
ありますが、それは時間が経てば忘れて
大丈夫になるということではなく、
過ごしてきた時間が
その人の意識を成熟させ、
傷を受け止められるようになり、
癒えていくというのが健全なプロセス
であると思います。
意識の成熟は、年齢が上がれば
自動的にそうなるものではなく、
年齢を重ねても向き合えない人はいるし、
若くてもきちんと対峙できる人もいます。
人それぞれ生き方、在り方で
どんな時間を重ねてきたのか、ですね。
傷を持っていたとしても、
その自分をどんな眼差しで受け止めるかが
とても大事です。
自分の尊厳を、自分で貶めぬよう。
他者からの眼差しよりも何よりも、
自分が自身の尊厳を否定したときに、
深く傷つくのです。
弱くても、傷ついていても、
打ちひしがれていても、
どんな思いに苦しんでいても、
それも自分だ、と懐深く受け止められたら、
心は安らかになり、
常にとげが刺さったように苦しかった
その痛みも、癒えていくのです。
苦しみを生んでいるのは、
他でもない、自分の、自身に対する
その眼差しなんですね。
あなた自身の命の本質を深く見て、
祝福してあげてください。
歪みや傷が、あなた自身なのではないのです。
癒しは、
その眼差しの歪みが修正されることで
起こるもの、かもしれませんね。