取りこぼしているサイン

自分に向き合うということについて、
ずっとモヤモヤしていたのですが、

気付いたことがあったので今日は
それについて書いてみます。

様々な方を見ていて、
みなさん、自分に向き合うことは
意識されていて、試行錯誤しながら
自分なりにそうしようとされている
と思います。

そうして、本当に向き合っている人も
ある一方で、向き合えていない人もいる。

後者の人の中にも二通りあって、
それは大事なことだとわかっている
けれど、自分が背を向けていることを
わかっている人。

もう一つは、
自分に向き合うことについて
「一生懸命になること」をしている人。

つまりこの場合は、
一生懸命になることはしているけれど、
自分には向き合っていないのです。

優先順位は一生懸命になることで、
自分に向き合うという本義は、
どこかに置き忘れてきています。

一見、一生懸命な思いは純粋で、
善良に見えるのですが、
なぜか嘘臭く見えて、この違和感は
何なのだろう?とずっと不思議でした。

向き合えていないのはわかっていた
けれど、この気持ちの悪さは
どこからきているのか。

そうして、そういうことか、
と何となく感じたのが、

本義を置き忘れているのに、
一生懸命であれば不器用ながらも
「やっている」という認識になっている
勘違いを、欺瞞だと私が感じている
ということでした。

どれだけそれを
一生懸命やったとしても、
根本的に向き合えていないので、
全くかみ合っていないのです。

落としてはいけないところを
落とし、優先順位の低いものを
一生懸命にやっているのだから
いいだろうと優先させてしまう。

それは違う、
と私の心が波立つのです。

これを恐ろしいと感じるのは、
今私が見ているこの姿が、
結局のところ自分自身である
可能性がある、とわかっている
からです。

可能性がある、とわかっている
という微妙な表現をしているのは、
まだ、まさにそうだ!というところが
私には見えていないからです。

最近この手のメッセージが多くて、
リミットが喫緊に迫っているのに、
どれだけ伝えても自覚も危機感も
ピンとこないままに動かずにいる人
を見ていても、とても心がざわつきます。

どれも、自分はこんなんじゃない
と言えないところが恐ろしい。。。

彼らに共通しているのが、自分は
まだまだだとはわかってはいるけれど、
まだいつか未来にそれができれば
何とかなる、それでいいと
思っているように見えるところです。

だから、
差し迫った危機意識を持っていない。

傍から見ると、明らかにそれでは
ダメなんですけれどね。

翻って、今の私もまさにそういう意識
であることは確かなので、ぼやぼや
していてはいけない、ということです。

取りこぼしているところ、
拾っていけるよう修正して
行こうと思います。

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