魔の囁きを越えて
自分を生きるということについてこれまで繰り返しお伝えして、それを望みながらも、そこから遠ざかろうとしている人達も多く見てきました。
偽りの自分を脱ぎ捨てて、本当の「私」に帰る場所
自分を生きるということについてこれまで繰り返しお伝えして、それを望みながらも、そこから遠ざかろうとしている人達も多く見てきました。
時代が大きく移り変わっていくこの時に、先祖や子孫という系譜を意識することには、何かとても意義深いものを感じる今日この頃です。世情的
自分を生きる、と一言で言っても、人によってそれは様々な概念で受け取られるようで、いつもお話ししながら難しいものだな、と思います。
探求は、自分自身を知るためにするもの、と私は思っています。けれど、探求をする人の中でも、自分自身を切り捨て、あるいは置いてけぼり
良くも悪くも、ものごとには「見ようとしないと見えないもの」があります。言いようによっては、「見ようとするから見えるもの」とも言え
何かを求めて歩みを進めれば、何かと壁というものにぶち当たることがあります。自分の実力や状況などからは、簡単には越えられそうもないよ
昨日は自分で自分の道を歩む意識について社会情勢に絡めて書きましたが、さらに霊性の道を歩むという視点からも書いてみます。これについては常々
人間、生きていれば納得いかないこともあり、そうそう寛容にもなれないことが多々あります。気にしないようにしようと思ってもどうしても
よく自分軸自分軸というけれど、信念のレベルで自分軸を強固にしている人が多いと感じます。多分、一般的にはそれが普通なのかもしれません
今日は夏至ですね。一年で最も昼の時間が長い日。陽のエネルギーが最大の日。あなたは2026年のこの日、どんな自分のエネルギーを刻み