恩送りの祈り
自分の知らないところで祈ってくれた誰かのために。あと一歩のところで闇落ちしそうだった自分の手を掴んで引き上げてくれた誰かのために。明るい方へ
自分の知らないところで祈ってくれた誰かのために。あと一歩のところで闇落ちしそうだった自分の手を掴んで引き上げてくれた誰かのために。明るい方へ
自分が未熟過ぎるうちは、相手の未熟さを責めるしかできないでしょう。なぜ自分が愛してほしいように愛してくれなかったのか。なぜ自分が受け取ってほ
恩寵は、準備のできた者たちに自分自身の真実に帰ることを促します。必要な出会いとチャンスをもたらして、自身の真実を受け入れるよう、忍耐強く導く
何かしらの探求をしていて、欲しいものは与えられない。けれども、欲しいと思っていたものによって達成しようとしていたことへの答えは与えられている
ドツボにはまっている時というのは、往々にしてこんな感じで、本人は在り方に気づこうとはせずに、このドツボからの脱出のメソッドを求めます。けれど
どれだけ深く問うことが出来るか、注意深く、忍耐強く自分自身を観察できるか。焦らず、腐らず、どんな状況からも学び取る力を練っていくわけです。そ
深い目覚めの意識にあると、感情的な痛みを受け止められる器も大きくなるので、より深い痛みが浮上してくる。ときには、人類の集合意識にあるものが浮
ダイヤモンドの原石を磨くことは、自分を信頼し、自分自身に誇りを持つことに繋がっていきます。その輝きを目にすることは、自分から逃げなかったこと
奥義というのは、何やら仰々しい秘伝の箱に入った巻物のことではなく、道を究め抜いていったときに辿り着く「自明の理」なのではないかと私は思ってい
「神と一体の自分」に至る道は、自分というこの存在をすっ飛ばして全く違ったところから神なるものをインストールすることでは成就しない、と私は思っ