リアルな「在り方」としてのスピリチュアル

昨日は感情解放ワークショップでした。
本当に寒い中、お集まりくださった
みなさま、ありがとございました。

昨日はこれまでになく、
みなさんの逃げ道をぴったりふさぎ、
在り方を真正面から問うというスタンスで
進ませていただきましたが、

みなさん、肚を決めてよくご自身に
向き合ってくださっていたかな~と
拝見しました。

以前はこういうやり方は、
あまりしていなかったんですよね。

敢えて逃げ道は残したまま、
あとはご自身で決めてくださいね~
っていうところで手を緩めていました。

が、それも良かれ悪しかれの部分が
あるな~というのをここのところ、
非常に強く感じていたのでした。

そういう風にして私が本当に伝えたいことの
3割くらい手前で止めていたとして、
あとの3割を自力で深めていく人が
どれだけいたか、というと、
ほとんどいませんでしたね~。

大抵、逃げ道の方に逃げていく。
誤魔化し、偽り、無かったことにすることで
再び自ら作り出した地獄へと舞い戻っていく。

そうしてどうにもならなくなって、
メールや電話で連絡くださる方が
一人や二人ではなかったんですね。

もちろん、私がお伝えすることが
全て正しいとかこれが正解である
なんて思っているわけではありません。

ただ、再びご連絡くださる方たちを見ていると、
明らかに、自身の人生から差し出された
メッセージに応答することから逃げてたり、

中途半端に分かったつもりになって
済ませているが故に苦しみが終わらない
という構図がわかるんです。

追い詰めてはいけないケースも確かに
ありますが、だからこそ追い込まなければ
いけないケースもあるのだということを
痛感したわけです。

どの人にどこまでするべきか、
同じ人であっても、いつどんなタイミングで
するのかしないのかを見極める目は
必要ですね。

昔の自分から比べたら、そのあたりも
今の自分ならできるラインがある、
と感じられたので、

昨日は今の私にできるギリギリ一杯、
Maxのレベルでみなさんを追い込んでみました。

もちろん、今回の参加メンバーだったから
それをやったわけで、次回のワークショップ
でそれができるか、それはわかりません。

今後も適宜、追い込める人にはそのとき
できるギリギリまで追い込む、という
選択肢はいつでも使えるように
私自身を整えていこうと思います。

なぜ人を追い込むのに私自身を整えるのか。

自分自身がブレていたら、
人を追い込んでその人の本質へ向かう方向に
適切に導いていくなんてことが
できようはずはないからです。

私が自身の本質と、その人の本質に
深く向き合い、誠実に真実を追求していく
という覚悟がなければ、
どうしてこんなことができましょうか。

こういう覚悟を持つまでに、
私はこれまで、何度も段階的に自身の
ヒーラーとしての覚悟を問われる
出来事を経験してきました。

商業的に、口先だけ舌触りの良いことを
並べてお客さんを気持ちよくさせて
帰らせてあげればいいのか。

それとも、本当に耳の痛いことを言える
良心的なヒーラーでいるのか。

さらに、ちょっと親身になってキツいことも
言えるけれど、最も大切な本質の部分は
避けて通るレベルで終わるのか、

あるいは本当に深く深く、人生を大きく左右
するような霊性の部分にまで踏み込んで
伝えられる存在になるのか。

これまで出会ってきたたくさんの
クライアントさんたちから学び、
覚悟を促されてきたんですね。

だから、今の私があるのは、
みなさんのおかげだと本当に感謝しています。

私がみなさんに在り方を問うとき、
私はみなさんに問う以上に
まず自分自身の在り方を問われます。

そうして今の自分にできる精一杯のレベルで
深く、自身の内なる神に触れたところから、
言葉を発しているのです。

もちろんこれも、
時々刻々変わっていくでしょう。

私の発するものの響きも
変わっていきます。

そのときそのとき、響く人に
届けばいいな、と思っています。

どれだけ言葉を連ねても、
「在り方」を通してしか伝わらないものが
あります。

その根本の在り方を、
もっともっと深く、太くしていきたいのです。

それには、頭だけではなく、
リアルに触れていかねばなりません。

私は、スピリチュアルはとてもリアルなもの
だと思っています。

リアルでなければスピリチュアルでは
ありえない、というほどに。

そして、内なる神への祈りも、
当然それは曖昧模糊とした概念の行為
ではありません。

それは比喩ではなく、紛れもなく
力の源泉、命の糧そのものです。

かつて私自身がそうであったように、
神への不信や怒りを抱えている人は
とても多くいらっしゃいます。

けれど、究極的に神への不信は
自分自身への不信とイコールです。

自身の真実に深くつながっていきたいと
望むなら、神へのわだかまりを癒していく
プロセスを経るのは必須です。

自分に向き合うということは、
必ず神に向き合うことにつながって
いきます。

そしてそれは決して概念などではない
ということを、

本気で自分に向き合おうとする人は、
遅かれ早かれ気づくことになるでしょう。

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