「悪いところを直して良く」しない在り方

何かうまくいかないことがあると、
きっと何か原因があるはずだ、と
原因探しを始め、

それを解消すれば良くなっていく
はずだ、という考え方、
普通によくあるものだと思います。

実際、そういうものだろうとも
思うのですが、

悪いところを直して良くする、
というこの考え方、
ちょっと引っかかるところが
あるんですよね。

特に自分自身に向き合うときに
この考え方が適応できるのか、
というと、半分はyesだけれど
半分はnoだろうな、と思うのです。

半分は、と言ったのは、
進みたいのにブレーキを踏んでいるとき、
その要因となる部分を解消してあげれば
確かにするっと進めるようになります。

でも、全部が全部、それでうまくいくか
というと、あるところからその方式は
通用しなくなるラインがある、
と私は思っています。

ブロック解除を延々やっていれば、
人生すべてがうまくいって万々歳になるか
と思いきや、そうではないという現象の
理由と一緒です。

そもそも、「良いところ」と「悪いところ」
という認識の仕方が違うと思うのですよね。

「悪い自分を直して良い子になる!」
ってやってる限り、
そういう自分には永遠になれないのです。

私は、どんなネガティブな側面も、
それ自体を「悪」とは思っていません。

ただ、恐がっていて、栄養が足りてないだけ、
って思うんですね。

恐れをしっかり受け止めてあげて、
必要な栄養をたっぷりあげれば、
すさんだ様相も穏やかに、安らかに
なっていきますから。

これを「悪いところ」って捉えていると、
排除して無くそうと頑張ってしまう
でしょう。

でもそれって違うと思うんです。

排除する必要のあるものなんて、
本当は何もないはずなんです。

感情解放ワークを
「悪いところを直して良くする」ことだと
思っていると、必ず行き詰りますね。

最近私はあまり「解放」という言葉を
あえて使わないようにしているのですが、
その代わりに「統合」という表現を
しています。

「解放」というと、悪いものを
手放すことなんだっていうイメージが
強くあるようだったので、変えたんですね。

手放すのは、「悪いもの」「良いもの」
を見るそのフィルターであり、
感情のわだかまりのエネルギーでは
ありません。

そこのところ、勘違いしてほしくないのです。

「悪い子」はいないんですよ。

ただ、その子に対する自分の扱いが
よろしくないだけです。

こんな自分は嫌だ~!って自身の側面を
拒絶することは、自分を切り刻むこと
でもあります。

自分を切り刻んだら、パワーはどんどん
小さく、いびつになっていくでしょう?

在るがままをいかに生かすか?
どうそれを采配するか?という自分の器こそ
磨き、育てていきましょうね。

「悪い子」と思っていたところからも
その可能性を引き出せるくらいに
なってくると、

人間的にも、とても懐深い味が
滲み出てきますよ。

みんな、本当はそんな人にこそ
憧れているんじゃないかな。

自分がそうなりたかったら、
自分の中に「悪い子」を作らないこと。

どうやったらすさんだ「悪い子」が
癒えて機嫌が良くなってくれるのか、
その子自身が知っています。

聴く耳をもって注意深く対話していくことで、
癒しの道筋が見えてきます。

自分が良くなっていくための導きが、
その対話によって得られるわけですね。

けれど、「悪い子」だと決めつけている人は、
こういうことがでいません。

だって「悪い子」の言うことなんて聞いていたら、
自分が悪くなってしまう!と思い込んで
いるから。

「聴く耳を持たない大人たち」とか、
「社会の理不尽」とかのモチーフが
ここにあるわけです。

自分の中で、自身のカケラ君にやっていることを
そっくりそのまま、社会に投影して見ている
だけですね。

悪いところを直して良くする、
というこの命題についてもう一つ思うのは、

不足、欠陥、恐れの種からは、
やっぱりその実にも同じものが宿る
ということです。

どれだけ直して良くしても、
その人は永遠に自分が満足するくらい
良くなった自分にはなれないだろうと
思います。

では、どうしたら満足する状態に
至れるのでしょうか。

思うに、不足を見るポジションから
歩み出すのではなく、純粋な喜びや愛から
アクションを起こすことがポイント
なんじゃないかと。

外側内側のあらゆるレベルに
「これじゃダメだから○○しよう」という
論理を持ち込むのではなく、

自身の存在の最も深いところから
湧き上がってくるものを表現していったとき、

悪いところを直して良くする、という
論理から生まれてくるものとは全く違った
エネルギーのスパイラルが始まっていく
ように思うのです。

ワークでブレーキを外していくのは、
この深いところから湧き上がって来るもの
に対してするもの、と考えていただくと
いいかもしれません。

だから、延々と解放のための解放という
迷路でグルグルしないように。

これさえなくなれば私は良くなる、
と必死にならないように。

ブロックを足踏みをするための理由に
しないように。

その行為がどんな種から始まっているか、
しっかりと意図して、シフトしていきましょう。

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