自分自身と戦うことの不毛

人間の感情というのは本当に複雑だなぁ
といつも思うのですが、

相反する感情が折り重なって
解放しようとしていくときに、
ループのようにグルグルしてしまうことが
よくあります。

苦しいからもう手放そうと思っていても、
一方ではその感情が必要だと思っていて、
手放そうとする流れに抵抗するんですね。

これまでにも何度か書いたことが
ありましたが、たとえば

怒りを人生の推進力にしている人は、
怒りを手放してしまったら
前に進めなくなってしまうので
怒りを手放そうとはしません。

また、悲しみを大切な人との絆にしている人は、
それを手放してしまっては絆が切れてしまうので
必死で悲しみにしがみつきます。

こんな風に、ある感情を手放そうとしても、
そうしたくない理由があると、
自分で抵抗してしまうのです。

けれど、人生の推進力を喜びなど別のものに
シフトすれば、怒りを手放していくことは
できますし、

大切な人との絆は、何も悲しみでなければ
いけないことではありません。

ここを転換していけば、それらを手放しても
大丈夫になっていきます。

そこのところがうまくできるかどうかが
ポイントですね。

何度も取り組んでいるのに手放せないで
戻ってきてしまうものがあるのなら、

一度、それを手放してしまうことの
デメリットは何か?と問うてみると
気づくことがあるかもしれません。

案外、自分でもものすごく意外な答えが
出てくるものですよ。

たとえば、
成長したいと願っているのに、
それとは反対の状態で常に劣等感に
苛まれているのを掘り下げてみたら、

成長して色々なことができるようになると、
すべてを自分で抱え込んで苦しくなる
という思いをもっていた人もありました。

実際にこの方は、
過去に会社で実務的な能力が上がったとき、
何でもかんでも任せられて大変な思いをした
という経験をお持ちでした。

あるいは、
有能でありたいと願っているのに
無能感に苛まれている人は、

有能であったら調子に乗って周りの人たちに嫌われ
孤独になってしまう、というイメージを持つ方も
しばしば見かけます。

こういう場合は、
それぞれの体験に貼りついている
痛みの感情を統合していけば、
有能であっても大丈夫な自分になれます。

ただ、何度やっても戻ってくるときは、
また別の要因が絡んでいる可能性もあるので
幾つか別のアプローチを重ねながら、
あるときゴソッと根っこが抜けていく
という感じになるかと思います。

こんな風に、色々な未完了の感情のカケラ君と
対話していくと、

いかにそれが苦しみの元になっていようと、
その人の中ではそれなりの存在意義が
確かにあるのだな、と思うのです。

だから、顕在意識でどんなに
「もうこんなもの要りません!」って言ってても、
本当に必要なくなっているのなら、
既にその状態ではないはずなのです。

自分で散々それを利用しておきながら、
要らない!と叫んでても説得力無いですよね。

もう手放したいな、と思うのであれば、
ちゃんとそれがなくなっても大丈夫な自分なのか、
要らない、という前に自身に問うてみる
視点は持っておくべきだろうと思います。

顕在意識と潜在意識は全くの別人格と言えるほど
別々の方向を向いているのが普通です。

よく、相反する感情を自身の内に見つけたとき、
そんなことがあるんでしょうか?って
戸惑いつつ質問される方があるのですが、
そりゃぁありますよね。

大好きな人に対して、ものすごく深い怒りや
憎しみを抱くことだってあるでしょうし、

淋しさを抱えていても、
1人でいたいって思うことだってあるでしょう。

別に、何ら不思議なことはありません。
そういう矛盾した感情を抱くのが、
人間なのでしょう。

だから、様々な人の心の声をお聞きしますが、
私はそれを鵜呑みにはしません。

そうは言っているけれど、
でももっと深いところの声は
どうなんだろう?

と、別のレベルからアプローチして
確認しますね。

感情解放ワークでは、
それぞれの事情から分離して別々の方向を
向いている自身の内側を、一つの方向に
折り合いをつけて整えていくことをします。

なぜ自分が行きたいという方向に対して
同じ自分の一部が反対するのか。

その理由に丁寧に寄り添って聞き、
適切に応答していく姿勢が必要不可欠です。

だから、決して自分と戦っては
いけないんですね。

自分と戦ったところで
勝利はないからです。

自分に向き合いつつもどうにも行き詰って
苦渋の表情を浮かべる人をたまに見かけるのですが、
こういう方は例外なく自分と戦っています。

思うようにならない自分を、
力でねじ伏せようとしたり、切り捨て
憎んでいたりします。

自分と戦うということは、鏡の法則を通して
自分を敵に回す人を引き寄せるということは
わかるでしょう。

自分を力でねじ伏せれば、
他者からそのようにされるのです。

どのような在り方が平和と幸せを人生にもたらすのか、
自分が本当はどんな人生を生きたいのか、
よくよく心して、自身の在り方を問うことです。

今この瞬間の人生を作っているのは、
紛れもなく自分なのですから。

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