ただ、幸せで在れ

「良くない自分」を直して、
あるいは無くして「良い自分」になろう
とする人、すごく多いのですが、

これは絶対にうまく行かないですよ、
ということはこれまでにも繰り返し
お伝えしてきています。

けれども、
私たちの多くは子供の頃から
良くないところを直してより良い人間に
なることを骨の髄まで叩き込まれているので、
なかなかこの思考から抜け出せません。

なぜそのようにするとうまく行かないのか
というと、拒絶した自身の要素は
受容されるまで、繰り返し差し戻される
という法則があるからです。

たとえば、
愛嬌のない自分、能力のない自分、
容姿が魅力的でない自分、
何か特定のステータスがない自分等を
忌み嫌い、無くそうとしていると、

ものすごく努力してその要素を
一時、克服したように見えて、
しばらくすると、またあれ程嫌っていた
その要素を嫌というほど味わう経験を
してしまうのですね。

怒りや悲しみ、淋しさを嫌い、
抑圧していれば、どれだけそれを
感じないで済むような選択を重ねても、
必ずそれを思い知るようなところに
戻ってきます。

ではどうしたらそうしたものに
悩まされなくなるかというと、
それらを自分の一部として
認めてあげることです。

自分はそんなんじゃない!と
主張するほどに、それを否定するように
その自分が追いかけてくるわけなので、

あぁまさに紛れもなくそれは自分だ
と心底認め、受け入れるのです。

それは、諦めでもふりでもなくて、
自分の中にその要素の正当な居場所を
作ってあげるということでも
あります。

私たちも、不当に自分の存在を否定され、
居場所を奪われたらすごく悲しいし、
自分はここにいる!無視するな!
居場所を取り返すぞ!と思うでしょう。

けれど、
正当にその存在を認められ、受け入れられ、
居場所が与えられていれば、
尊厳が保たれ、幸せで居られるので
暴れたり権利を主張することも
ありません。

自身が否定した要素も、
それとおなじことなのです。

こういうところが鏡なんですね。

もし今あなたが、
何か不当に自分の尊厳を傷つけられ、
居場所を奪われているのなら、

あなた自身が自身に対して、
同じ理由で同じようにその尊厳を傷つけ、
居場所を奪っているということを
意味しています。

これを理解したなら、
目の前の状況にどうしたらいいのか
途方に暮れていたとしても、
自分の内側に対して、できることはある
と気づくでしょう。

このように、自分に不足を見つけ、
それを否定する見方自体が
分離の根源なのですが、
この見方を温存したまま
ワークをしてしまうと、

自分を受容するために行っている
プロセスで、いつの間にか、
自分の一部を拒絶する自分を
消そうとする、といったような
ナンセンスなことをやり始めて
いたりします。

そうやって、いつか
完璧な自分になることを目指して
分離を続けていることに
気づかないのです。

笑い話のような話ですが、
割とこれをやっている方が
多いのですよね。

もっとシンプルに、
理想を達成しない自分でも
幸せになっても良いだろうか?
と問うてみてください。

理想を達成することと、
幸せで心が満たされる人生を送ることは
別のことですよね?

これを混同されているか、
すり替わってしまっている
ケースもよくあります。

本当に求めていたのは、
何だったのでしょうか?

何のために、そんなにも
理想の達成に躍起になっていたのでしょう?

幸せになるために前提条件は要りません。

ただ、幸せで在れ。

幸せになるために、
今この瞬間の幸せを犠牲にすることの
ないように。

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