年明け3日(土)17時から
恒例の満月のオンライン瞑想会を
行います。
ご都合良い方、ぜひどうぞ。
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⇒満月のオンライン瞑想会
さて。
多くの人には役に立たなかったり
厄介な代物だったりして、
ゴミにしか見えないようなものでも、
それを生かす技術のある人にとっては
宝の山、ということがあります。
ゴミとまではいかないけれど、
見る目のない人には何もないように見える
場所でも、見る人が見ればここにも
あそこにもこちらにも、と
見るに値するものがざくざく、とか。
私たちの内に宿る可能性や才能なんかも、
そういうものの一つだろうと思います。
癒したり統合して昇華させる技術がなければ
厄介なだけのネガティブな感情の数々も、
深く対話し、癒し、昇華させることが
できたら、それはそれは素晴らしい
可能性が開き、
今度は自分の人生を豊かに、力強く
彩ってくれるものに変容していくのです。
厄介者の姿をしているのは、
うまく扱えていないからで、
本当はそれは大事な大事な
生きる力の一部なのです。
だから、こじれている気持ちがあるなら、
押さえつけて切り捨てるのではなく、
よくよく話を聞いて、適切に応答していくと、
本当は自分はどう生きるべきなのかを
それらが教え、導いてくれます。
面倒くさいから、厄介だからと
耳をふさいでいたら、そういう導きは
得られませんし、
本当に自分を生かす道とは違う、
反対の道に進んでしまうことも
あるでしょう。
自分の気持ちを切り捨てて生きることでは、
本当の幸せや豊かさには辿り着けない
と思います。
どこか一部が無理をしたり切り捨てて
成り立つような平穏は、真の調和
ではありません。
無理をしている部分をちゃんと
全体で共有して、応答することで、
各々がその時になすべきことに向き合い、
取り組む機会になっていきます。
一部の人が無理をして、その他の人たちが
楽をしている構図がよくありますが、
それはとても歪んだ関係性です。
自分さえ我慢すればうまくいくのだから、
とその歪みを引き受けるのは、
美しい自己犠牲ではなく、
他の人の歪みを助長させる加害者
になってしまうということに、
気づいているでしょうか。
歪みを引き受ける自己犠牲は、
どこか自身の内に、恨みを抱えるように
なります。
それが繰り返されれば、
やがては我慢できなくなり、
偽りの調和は遅かれ早かれ
破綻するでしょう。
その頃には歪みは極限まで大きくなって、
修正するにも、相当な労力が必要な
状態になっているでしょう。
偽りの調和のために歪みを引き受けるのは、
逃避です。
引き受けなかったら起こるであろう
混乱を避けたいがために、安易に
飲み込んで逃避するわけです。
それに向き合うのも、
勇気が要ることでしょう。
けれど、向き合うべきチャンスが
差し出されていると見ることも
できます。
いきなりは難しくとも、
向き合う気持ちがあるのであれば、
少しずつでも逃げ道を断って、
逃げてきたものに向き合う力を
つけていきましょう。
力がつくほどに、忘れていた
自身の人生を生きる力を
思い出すでしょう。
本当は、ずっと自分の中にあったのに、
忘れていた力です。
そうしてあなたの人生は変容していきます。
自分で、自分の人生を切り開くんですね。
その時あなたは、
人生の錬金術師になっています。
どうしようもない闇を、
溢れる可能性の光に変容させる錬金術、
ぜひマスターしてみてください。