今、あなたの日常は
幸せでしょうか。
幸せ!と素直に言えた人は、
きっと自分を大事にされている方
なんだろうな、と思います。
なぜなら、
自分の、自身に対する接し方が、
世界があなたに接する接し方と
イコールだからです。
だから、
自分を本当に尊重し、大事にすると、
世界があなたを尊重し、
大事にしてくれるのです。
自分自身に温かな慈しみをもって
対話すると、周囲の人があなたに
温かな慈しみをもって対話してくれます。
最近、セッションの中で、
自分への接し方がぞんざいというか、
まるで温かくない、というか、
そもそも意識が素通りしている方が
何人か続きました。
自分は後回しという言葉がありますが、
後回しどころか、存在していないが如く、
さっぱり気にかけていないんですね。
もちろん、そういう方たちも日々、
辛かったり苦しかったり何となく
気分が上がらない、気力がないとか
感情を感じてはいるのですが、
厄介ごとに仕方なく対処する、
という感覚で、不快さがなくなればいい、
というような態度なのです。
以前から繰り返しお伝えしているように、
ネガティブに感じる感情や感覚も、
それ自体が悪であり切り捨てるべきもの、
ではなく、
ワークでは
しっかりと受け止め、抱きしめて
昇華・変容させていくわけで、
消えてしまえ!とやることは、
昇華も変容もさせていません。
本当は、そうしたネガティブも、
扱い方次第でマイナスがプラスへと
変容し、私たちの生きる力に
なっていくものです。
そのことが、わかっていないのです。
この辺りはどれだけ繰り返し
お伝えしても、本人がそれを受け入れ、
やろうと思うか、スルーしてこれまで通り
切り捨てて進むか、ということ
なのだろうと思います。
本人が自分の意志で自分の人生において
それを選んだのなら、私がとやかく
言う筋合いのものではないですしね。
けれど、自分を大事にするほど、
世界は自分にとって優しいものになり、
見捨てられず、安心で信頼に満ちた
素敵な世界になっていくことは
実感できると思います。
反対に、自分をぞんざいに扱っている人の
生きる世界では、ぞんざいに扱われ、
信頼感も安心感もなく、自分も他者も
駒のようにしか見ない、殺伐とした世界に
必然的になっていきます。
そんな人が温かな眼差しを持つように
なるには、温かさの種が要るような
気がします。
つまり、
誰かからの温かな眼差しの記憶を
思い出すことです。
たとえ今生なくとも、
魂に記憶された無数の人生には、
そうした種があるでしょう。
ただ、ものすごく深く埋もれていたり、
自ら封じてしまっているのかも
しれません。
だから、セッションでは
しばしばその種を思い出すよう、
働きかけることもするのですが、
本人が本当に求めている場合は、
手堅い反応がありますね。
口先だけで求めているという人は、
なかなか立ち上がってきません。
本当に求めているというのなら、
もっと深く、自分自身と対話しなければ
いけませんね。
人に言われたから、誰かの提示したものが
良さげだから、そうした方が良いのだろう
と考えるのではなく、
そのことが自分にとって、
どういう意味のあるものなのかを
自分自身で答えを出さなければ、
いつまでたっても自分の道を歩むことは
できません。
自分で選んでいるようで、
ただ流されているだけです。
自分軸のない人は、
自分で答えを出すということを
していないことに気づいていません。
周囲の顔色を窺い、何となく周りに合わせて
幸せでなくても、そこそこ居られれば
それでいい、という生き方なのです。
温かな眼差しは、
本当に自分を生きる人だけが
持つことができるのです。