自分で自分の道を歩む。
何をおいても、人生において
大事なことだと思っているのですが、
自分自身についても、
セッションをするときも、
あらゆる人に向き合う瞬間に、
これを基準に自分と相手を
見ているところがあります。
これまで度々
正解だけ欲しがる人とか、
誰かの後にくっついて行って、
導いてほしい人などについて
思うところ、書いてきました。
今の日本社会では、
自分で考え、判断し、決断して
その結果を引き受けるという訓練を
受ける機会が極端にそぎ落とされて、
従順さを助長するような教育が
何十年もなされてきた結果、
自分で自分の道を歩むという感覚自体が
取り立てて強調されないと
意識に上らない世の中になっている
気がします。
さらに近年は目覚ましいAI技術の進歩で
ますます考える機会を失い、
技術を使うよりも使われる側になるような
自分で判断できない人が量産されつつ
あります。
今はAIを使える人材育成というところが
盛んに言われているような段階ですが、
これが進んでさらにその上を行こうとすれば、
自分で考える力をつけるために
莫大なお金を払ってトレーニングする
ような時代になっていくんだろうな、
と思います。
使わないところは退化していくのが
生き物としての人間の性ですからね。
まぁ、それはそれ。
AIがリリースされるずっと前から我が国では
自分で自分のことを決められない人たちが
溢れかえっていて、
私自身も含めて、その自覚もないままに
誰かが決めてくれること、やってくれること、
その結果の上にのんびりとできればいい
という風潮が今この瞬間も、現在進行形で
存在していると思います。
ショート動画やまとめ、要約サイトが
大流行なのも、プロセスは良いから、
結局何が言いたいんだ、結論だけ
教えてくれ、というような、
プロセスを味わう力自体が
育っていない、退化している証左なのです。
先が見えないとか、結果や結論が出ないまま、
長い間何かを継続してやり続けるとか、
試行錯誤するということが耐えられないのです。
だから、今書店に並ぶ本を見てみれば、
活字の多い、情報量がぎっしりの本は
少なくなっている傾向にあるでしょう。
字が大きくて絵がたくさん入っていて、
ポイントをわかりやすく、簡潔に示すような
表記の仕方でないと、多くの人が
理解できなくなってきているのです。
行間を読み込んで意図を知るとか、
そういうのはAIに読み込んでもらって
要約だけ知れればいいや、みたいな
世の中です。
それもとても便利だし、
それ自体が悪いものとは思いませんが、
その結果、身についた在り方が
自分を生きる力が極端に弱いというか、
意識が育っていない人間に繋がっている
現状を見ると、相当な危機感を抱きます。
とは言いつつ、
AIの普及の波は止まることはないでしょう。
だとしたら、私たちはよくよく
それを使うことによって退化し、失われる
私たち自身の能力について知り、
留意しておくべきだと思うのです。
世の中には、
私たちが賢くては困る存在も確かにいて、
従順な方が都合がいいという勢力も
あるわけです。
彼らは、
こういうことは知られたくないでしょうし、
敢えてそういうことを知る教育の機会も
作ることはないでしょう。
だからこそ、
自分で自分の道を歩む意識を持って、
自分のことを決める訓練を
日頃からしていきましょう。
子育て世代の親御さんたちはなおさらのこと、
お子さんたちにどんな教育、訓練を
していくのか、どんな力を身につけさせて
いくのか、考えてみてください。