【ヒーリングテーマ】
自分という存在を作り上げているあらゆる要素のご縁、ルーツを祝福するよう最高最善に働きかける
6月24日実施
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自分のルーツ・・・か。土が好き。
幼い時から畑で鍬に触れ、お手伝いをしていると思っていた。見様見真似で草を掻き、褒められるのが嬉しかった。
採取した物を食し作る悦びに満たされた。
雲の様子で天気をヨミ、帰路についたり。
若い頃は草花に親しんだが、今は・・・花より団子・・・開花、結実、採取し食す。
生粋の農家だったご先祖様。微かに記憶する口伝の技を辿りながら、
庭先菜園を楽しんでいる。
マメに行動できる身体であり続けられるよう日々ご先祖様に感謝だ。
今回もありがとうございました。
想うことが沢山あり胸が熱くなりました。
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私の猫好きは、物心ついたときから猫がいたからで、猫達が私の心のよりどころだった。
だから今の私がいる。
その後、その猫達を捨てられるという人生最大のトラウマがあったけれど
もし猫のいなかった人生だったら…と思うと人生つまらなかったと思う。猫の魅力、猫との絆、癒し、凄いギフトをもらっている。
過去世で何回かネコ族だったと言われた事があるので、その時からのご縁もあると思います。
しかもネコ族が滅ぼされたので、その時のトラウマが今世でも体験したのかも。
それから、母の実家が比較的裕福だったし、母も働いていたので、私の子供の頃は、金銭的に恵まれていて、父が亡くなってからも、その点に関しては何不自由なく育ててもらいありがたかったです。
母は遺産受け取れず、私達を育てて、姉の家も建てたので、もう貯金も使い果たし、今はずっとお金ないないばかり言うようになってしまいましたが。
あとは、私が川に落ちた時、車に轢かれかけた時など、何回か危なかった時に助けられているので、ご先祖様なのか、誰だかわかりませんが、守ってくださっている。
私は見守られてるという実感あります。
それから今回のテーマには関係ないですが、今日、猫の病院の順番を取りに行ったのですが、いつも朝早くからみなさん来られていて、田舎なので、受付の看護士さん来るまで車で待ちます。車の台数数えて自分何番目か把握しておいて、看護士さんが出勤されたら並びます。
今日は順番きちんと並ばず、順番がおかしなことに。
以前に横入りされてその時フリーズして何も言えず後々横入りされた怒り、何も言えなかった自分に怒り、悔しさがすごかったのですが、今回は言えました。「来た順で、私6番目なんですけど」って。ちょっと言う前ドキドキはしましたが、横入りされた怒りはなく、普通に。
あまり来られてない方はこのシステム知らなくて来た順でなく並んだ順と思う方もいると思うし。
でも他の方、誰も自分が何番目とか何も言わなくてみんなで順番確かめることもなく、おかしいままで、私が6番や!言ったので、5番目のおじさん後回しにされそうになってたり、もっと後から来てたのに前にいたおじさんは私に先に行かせてくれたけど、私の次に割り込んでるし。でも後ろのおじさんに何も言えなかったのですが、これでよかったのだろうか…
後ろのおじさんに言えなかったのは、自分がもっと後って自分でわかってるくせに割り込んできた確信犯だったし、見るからに怖くて言えなかった。本当の私の後ろだった方もその後の方も何も言わなかった。みんなも言えなかったんでしょうか。
私も今まで言えなかったけれど、やっぱり言わないって不調和なんですよね。おかしい。
まだ言えないこともあるけど、以前よりは言えるようになった自分を褒めたいです。
こぞって我先に順番取ってたおじさん達ですが、診察始まったのに来るの遅く、(順番取ってから診察始まるまでかなり時間あるのでみなさん一旦帰られます。私は遠いので帰らずずっと待ってます)順番なっても来てなくて、なんと私は2番目に診てもらえました。
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ワールド・カップの波に飲まれた日常生活でしたが、自身の健康に向き合う機会に恵まれました。
亡くなった家族が会話にの中に頻繁に出てきていて、そのタイミングで自身の健康を振り返るようメッセージが来ていたのかもしれません。
それは以前施術を受けていた先生が久しぶりに見えるとの連絡が入り、最近とても疲れていたので、伺うことにしました。
ひとことでは言えない施術なのですが、自身の体が思ったより重いストレスを受けていることが判明しました。
キャパオーバーの仕事が、もう少しだもう少しだと騙し騙しやっていたツケが回っていました。
自律神経や脳にまでダメージが酷く、このままでは脳の病気になってしまうとのこと。
修復の治療を念入りに掛けていただき、お陰様でだいぶ回復してきましたが、今まで通り無理に無理を重ねた仕事の仕方は、もう出来ない事も雇用主に伝えることが出来ました。
出来ないことは出来ないんだ、このことを自覚して生きることで自身の体を守り、労って大切にしてゆくことを学びました。
ご先祖様や亡くなった家族、周りの方々がそのように導いてくれたのかしらと、温かな愛のエネルギーに包まれているようです。
今週もありがとうございました。
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6月は納骨や法事があり、ご先祖様に意識が向いたことと、
今回のヒーリングのエネルギーを受けたことで、
家系を知りたいと思うようになり、戸籍を取り寄せたところです。
戸籍には、養父・養母という言葉がいくつか見受けられます。
そうすると、その時のご先祖様の気持ちが流れ込んでくるのです。
親の気持ちも、子供の気持ちも両方。
共鳴と言えばいいのか、 一緒に振動する感じで伝わってくるので、
胸が詰まります。
様々な思い・体験の人生を経て、
次々と繋がれてきたきた命のバトンを思うと、
自分が受け止め、意識を向けることで満ちていくものがありそうです。
家系図までの道のりは、まだありそうですが、
ご先祖様おひとりおひとりと向き合う時間が、今は待ち遠しいです。
家系図に繋がる導きに感謝です。
ありがとうございました。
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長年、年賀状のやり取りが続く元同僚と数十年ぶりに会うことになりました。
若い頃、研修でご一緒して以来の再会で、不思議なご縁に感謝です。
ですが、自分のルーツを祝福するという点はピンときませんでした。
いつのまにか自分から離れてしまったからだと思います。
自分の内側に深く留まることに強い恐れがあって驚きました。
自分をないがしろにしている、鏡の法則も思い当たります。
その事実をしっかり見
て、感じ、歩みを続けます。
今週もありがとうございました。
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母の強い希望で音楽を続けてきた 本当は別の勉強がしたかったのに。とKOU先生のヒーリングを受ける前までは思っていました。
確かにその要素は強いのですが、高校生の進路を決める頃、当時したかった別の勉強は看護師になる事でした。
身体の苦痛、精神的に弱っておられる患者さんに寄り添いたい。。が願いでした。
そこから30年以上の時が経ち、その間に母方の叔父叔母、母を含め40〜50代で大腸癌を患い、苦しい闘病の末亡くなりました。が、母だけは助かりました。
52歳で大腸癌がわかった時、その3年前に実姉を同じ病で亡くしていたので、次は私の番だ、一年で死ぬんだと本人も私も周りも絶望したんですが、その時の私のご縁で食事療法の先生に出会え、側について徹底的に守りました。
すると3週間後には癌が小さくなり、手術後も食事療法を続けたお陰が再発する事なく80歳まで生きました。
それから私は苦しい病院の治療ではくてても助かる方法はあるかもしれない、、と悪くなった身体を治す方法にアンテナを張り、誰でも手に入れられて、続けられるもの、、をモットーに良いものを見つけたら周りに話して勧める人 になっています。
これも恐怖を体験した事で、看護師さんではないけれど、病で苦しい人のほんの少しでも助けになったらいいなと思う生き方は私を形成している部分だと思いました。
今回も自分について改めて繋がれるヒーリングをありがとうございました。
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お盆が近くなって来たからかkouさんのテーマの先祖とかのお話が効いているのか会いにいきたくなりました。墓前に手を合わせて想いをはせてみる時間が取れればいいな。
丁度関西に出張が入りましたので行ってきます。全然視えるわけでは無いし感じることも無いのですが喜んでくれると思いますので是非この機会にお墓参りしてきます。
大きな心境の変化では無いですが気になっていたのでしょうかスッキリしてきます。
今週も宜しくお願い致します。
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最近ブログで家系図関連のお話がよく取り上げられていて、ふと、そう言えば父母の家系図と、超筆まめで几帳面だった祖父がまとめた「我が家の経歴と縁故(系譜)」のコピーを、以前弟からもらっていた事を思い出し、今一度読み直しているのですが、
そこから結構色々な気づきを頂いています。
以下、私自身の覚書のために、少し内容を綴ってみます。ピックアップしても結構長くなってしまうかも…。なので、ご興味ない方は以下スルーして下さいませ。
うち(実家)は父方母方共に代々岡山県で暮らしていて、今もほとんどの親戚が岡山在住です。
ですが、たまたま両祖父の仕事の関係で、母は京都(紫野という地名で、子供の頃はよく大徳寺の庭で遊んでいたそう)、父は大阪の生まれで、幼少期はそこで過ごしていました。
戸籍で見ると、父方のご先祖(女性)が離縁した後に岡山から京都へ行き、晩年を京都で暮らした、とか、他にも数名京都に出ているご先祖がいるので、地縁的には京都にも多少ご縁がありそうです。
私自身は東京(世田谷)生まれですが、流れている血は関西人!と以前から自覚はしていました。若い頃は、よくつまらないダジャレやおやじギャグ(死語かも❔)を連発しては、周囲をどっとしらけさせていましたし(笑)。
なので、関西方面に出掛けると、結構血になじむというかホッとするというか…
ちょっと生き生きとして来るところがある様に思います。
母方のご先祖は、造り酒屋だったり船大工だったり。結構職人気質の家系の様です。
一方、父方の方のご先祖は、裁判所やら税関、岡山駅などに勤務していたり、日用品や食料品、雑貨を扱う個人商店を営んでいたり、実利的なお堅い感じの職業が多い。
そう言えば父も祖父も、経理関係の仕事をしていました。弟も、めちゃくちゃ細かい性格です。そういう血筋なのかも知れません。
父方と母方とでは、かなり毛色の違う家系の様で、それが何だか面白い。その両方を遺伝的に受け継いでいるのだとしたら…。どう折り合いを付ければ良いのかな、私は実務面は割と大雑把で苦手分野ではあります。
そして昔から、職人さんに対する憧れや尊敬の気持ちが結構強いのですが、それにも多少こうした経緯に関係があるのではないかと思います。
また以前から、なぜか真言宗にとても魅かれて、でも父方は日蓮宗だしなぁーと何となく腑に落ちていなかったのですが…
何と、以前は真言宗だったことが判明。その真言宗の菩提寺が、よく水害に見舞われていた様で、昔の過去帳(祖父の覚書では「前々過去帳」という書き方になっています)が流出したり、墓地が水没したり。それを嫌ったご先祖様が、菩提寺を少し離れた龍泉寺というお寺に変えて、日蓮宗へと改宗になった、という次第の様です。
龍泉寺は修行系のお寺で、日蓮宗の修行を熱心にしていたご先祖様もいたとの事。
それで私にも一応修行好き❔の血が流れているのかな、などと思いました。
また龍泉という文字の如く龍神様をお祀りしているお寺で、大きな龍神池や龍神にまつわる伝説等もあり、龍神様に惹かれる自分の血には、やはりご先祖様の記憶が流れているのかな、と思ったり。
その後、菩提寺は岡山市内の市営墓地に移されましたが、出来れば龍泉寺へは一度足を運んでみたいな、と思っています。
こうして単に自分の趣味嗜好と思っていたものが、ご先祖様の影響を受けているのかも知れないな、と不思議な気持ちになりました。
その他、特に目立ったのは、養子縁組や離縁も結構多く(特に子のない夫婦)、また昭和20年6月のの岡山空襲で亡くなったご先祖様も何名かいらっしゃる様です。
また母方の祖母の兄弟に金次郎さん(長男)という方がいらして、近兄ちゃんと呼ばれていたらしいのですが、戦争から無事帰るも結核で早死したと書かれており、一体どんな気持ちで人生を送ったのだろうか…とかなり気になっています。何かやるせないです。
何れにしましても、心からご冥福を祈るばかりです。
そして、水害や戦争などの激動の時代を潜り抜け、ご先祖様が一生懸命努力して、こうして何とか家系図や系譜の記録を残して下さった事に何だか心が熱くなり、心から感謝しなくては、と思います。
まだまだ、色々見えて来る事がありそうなので、もう少し読み込んでみたいと思います。
そして、脈々と繋がり流れている人のご縁、土地のご縁、それらすべてを心から祝福したいと思います。
今回も貴重なヒーリングを、本当にどうも有難うございました。
かなり長文になってしまい御免なさい。