【ヒーリングテーマ】
世界の神聖さを知る感性に自分を大きく開いていくよう、最高最善に働きかける
7月29日実施
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日常生活、自然災害、政府の対応等々不安を感じる要因が多々。
それでも、今を足元を確認しながら日々の営みをする。
庭先菜園の野菜たちに水やりをしながら、葉の色の濃淡に野菜たちに問う。
空の色、雲の色、荒れ地や草の色。変化や移り変わる様から今現在を探りその先を追う。
梅を干しながら、自分と向き合っている。
今回もありがとうございました。引き続きワークさせていただきます。
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なんと言ったら良いのか、「比べる」事に無感覚になれていた感じです。
結構卑屈になって、恨めしかったり、悲しみや怒りがこみ上げて、私ばかりこんな目にあってと、被害者にもなることさえありました。
が、何がキッカケだったのか。
喧嘩になって(何ヶ月かに1回あります)姉が私の心の中を見せてくれました。
何にも出来ない、こんなに不自由な生活!と言われた時に、え?え?と疑問だらけですぐさま「3食まともに食べられてるじゃない!!」と言い返していました。
確かに物理的には足りない所はありますが、何にも出来ないことはないし、こんな暑さだけど元気で要られるしと、今こうして在ることがフツフツと幾つも浮かび上がってきました。
「元気で何より」が本当に身に染みました。
姉の放った言葉が、ハッと目を覚まさしてくれた!
犬も食わないケンカも、ちゃんと意味のあるメッセージだったんですね(笑)
KOUさんいつもありがとうございます。
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自分がどういうものの見方をしているか、
少しわかってきました。
あるもの・ないもの、満ちているものなどを、
等しく見ているのではなく、
無いもの・不足しているもの・
減っていくもの・脅かされるものに注意が向いている。
別のものに意識を向けることもできるのに。
世界は、もっともっと広いのに。
モノがあって助かったこともあるし、
無くて困ったことも、どちらもある。
無くても工夫して、乗り越えたこともある。
それなのに、当時の混乱を避けるように、
自分の意識は「困ったから」「嫌な思いをしたから」、
「困らないように」「嫌な思いをしないように」を中心に動いていく。
不安や心配が絶えないわけです。
”不足感”は、実際のモノではなく、
私自身の内側だと、思えるようになりました。
感情を残したままのカケラ君が居るので、
お迎えに行きます。
ありがとうございました。
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今回のテーマはなかなか難しいように感じましたが
今週は、震災のニュース見てかなりしんどかったですが、救助、支援してる方々に心打たれました。
震災だけでなく、SNSやテレビドラマ観ても泣けるし、バレーのネーションリーグ見て感動するし、心は揺れ動いていました。
一方で、ここ最近ご先祖さまたちのテーマに取り組んでたにも関わらず、実家では、お寺の墓掃除に誰が参加するか問題勃発していた。
母がずっと行っていたけれど、もう80にもなろうかというところで、足腰弱ってきていて、お寺は山で坂を登っていかないといけない
婿殿に何年か前に頼んで行ってもらったら熱中症みたいになりトラウマで行くの拒否
姉は多忙
結局また今年は母が行ったらしいけれど、文句の嵐
母は自分が嫁に来て色々我慢ばかりしてきたから、婿殿にも我慢して家のことやって!やるのが当たり前って思ってるんだろうけど、でも直接言えず、姉に言うといて!って言うからややこしいし、伝わらない。忙しい姉にも行って!って言えないし、ご近所さんの目もあるから家から誰か参加しないと行けない。だから自己犠牲で自分が行く。
姉の言い分はたぶんおばあちゃんが行くの当たり前。どうしても行けないときは、前もって予定聞いて行けるかどうか確認して!って感じだと思うのですが。
結局コミュニケーション不足で、今後もどうしていくかも話し合いが必要だけど、できるのかな。
私は傍観者で愚痴聞き、母のストレス発散、出かけるの連れてって。
私もそんなのそっちの家でやってくれ!とご先祖さまに感謝どころか、関係ないフリして責任逃れしてるのだろうか…。これもまた逃避か…。
ご先祖さまに申し訳ないですが、これが今の現実です。
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今週は年に一度の教室の発表会があり、タスクに追われてヘトヘトになりました。
私の教室では生徒さん自身が選曲した「弾きたい曲」を演奏するスタイルですが、普段の実力ではまだ無理、、な選曲をする生徒さんがほとんどで、クラシックは選曲の再考を促しますが、流行りのポップスはその曲のイメージを壊さぬように原調で頑張ります。
難しく、ご本人はのんびりやってるけど私は気が気じゃない数ヶ月。
のんびりを叱ったり、やいのやいの言いながら迎えた当日。
つっかえて止まる生徒さんもいましたが、皆、晴れやかな、嬉しそうな笑顔でした。
普段のレッスンでは見た事のない晴れやかな幸せそうな顔を見て 私はこの生徒さん達が音楽で自分を知り表現する事の手伝いができているんだな、、とやっと、自分の仕事の役割(宇宙と生徒さんを繋いでいる筒の中に居る私のポジション)を感じた発表会でした。
追われて追われてタスクマシーンになりがちですが、ちゃんと神聖さの中に私も居る、そう感じると やりがい よりも静かで確かなエネルギーが少し理解できて、これからの私の指導が生徒さん達の導きになるようでありたい と思います。
今週もありがとうございました。
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今週は、今までほど目の回る様な忙しさではなかったのですが、それでも細々したやるべきことや小さなイレギュラーが発生したことと、今までの疲れが溜まった影響が重なって、さっさと片付ければ済むものにもダラダラ時間を使って、気づいたらあっという間の1週間でした。
意識も行動も結構ダラダラしがちだったので、世界の神聖さに意識を向ける機会は少なかったのですが、それでも、ナイスなタイミングで満月の瞑想会でメッセージをいただけたり、個展の契約などがなかなか進まなかった理由がハッキリとわかる事があったり…
自分が理解できない所で、自然な形で事が進んでいるんだなぁ
自分は本当にちっぽけな存在で、それでも大きな流れの中で生かされているんだなぁ
みたいな事に思いを馳せていました。
そんな感じで、良くも悪くもゆるゆるな意識で通過した1週間でしたが、次のテーマは、個人的にはなかなか重そうなので、気を引き締めて向き合っていきたいと思います。
また次回もよろしくお願いいたします!
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全てのあり得ないシチュエーションでの時空も超えて本当にあった出来事なのか?自分だったのか?悪夢を見ているような1日を過ごして約10日経ちましたがなかなか立ち直れないところヒーリングを受けてからなのか、1つ1つ原因を自分なりにですが考え糸をたぐるように解いているうちにだんだん平常心を取り戻せるところまで来ました…。
50数年前の感情、40数年前の感情、30数年前の感情。今わかりました。固執して固まったままの感情が溶けていくのが。
ずっとそのままにしてきた自分が悪いんですが解るような気がします今は。
今週も宜しくお願い致します。
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子どもたちは、小学校に入った頃からタブレットを渡されて、
AIにもまみれているデジタルネイティブです。
親としては、そのことに強い懸念もあり、
気の毒にも感じていました。
でも、ありのままの彼女たちを見てみると、
好奇心や、強い生命力に溢れて生きているのですよね。
そのエネルギーは自分の中から失われてしまっていて、
なくしたことすら気が付いていない。
哀れなのは自分の方でした。
そういえば子どもの頃、
夏休みは本当にキラキラしていて、特別な時間でした。
祭囃子が聞こえてきただけで、ドキドキし、
世界への興味で魂が震えていたことを思い出します。
夏だけではなく、秋も冬も春も、すべてそうでした。
「自分の人生をロボット(惰性)から取り戻す」
というのが、もう何十年も前に掲げた、
自分にとっては大それたテーマでした。
意識的に生きること、
全然進展しませんでしたが、
めげずにこれからも心がけていきます。
全身全霊で何かを楽しめますように。
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目の前で咲いている花1つを見ても、花びらが複雑に折り重なっていたり色が美しいグラデーションになっていたり。白桃の本当に繊細な姿や野菜の瑞々しさ。
空に浮かぶ雲、鳥の囀り、風にそよぐ草や樹々、夜空に浮かぶ月や星々。
その他もろもろ…。
そうした身近な自然界だけをみても、それらすべてが当たり前の様でいて本当は奇蹟なのだと感じます。「一輪の花の中に宇宙がある」と言っていたのは誰でしたっけ。
自然界の一部である人間界でも、人のご縁その他、きっと奇蹟だらけなのでしょう。
でもそれらを見逃してしまったり、未熟ゆえに十分に感じ取れない・理解出来ない自分なのかな、と最近思い到る様になりました。
この世には奇蹟が満ち溢れ遍満していて、実はすべてが奇蹟と言えるのかも?などと思う昨今です。
ちょっと(かなり)意味やニュアンスは異なりますが、「一切処偏在 一切時常住」という言葉が昔から好きです。
また「場の力」も本当にすごいな、と感じます。神聖な場に身を置くと、それだけで身が引き締まったり逆に余分な力が緩んだり、清まって来る感じがするし、余計な考えが浮かばなくなります。
例えば地震とか水害とか、本当に人間にとって酷な状況があるのも事実ですが、それでもこの世界は、視点を変えればたぶん神聖なのかな、と。
もっともっと、神聖さを知る感性に磨きをかけて、これまでの自身の狭い視野を脱皮して広い世界へ行ければ…と思います。
今回も、貴重なきっかけを頂きまして、どうも有難うございました。