本日の無料遠隔ヒーリングの
働きかけの前に、熊本の被災地に向けて、
有志のみなさんとともに最高最善に
人々と大地、生きとし生けるものへ
心を寄せていく祈りの場を設けたいと
思います。
20時から行いますので、
ヒーリングに参加されない方も
良かったらご一緒いたしましょう。
さて。
最近、動画なんかを見ていると、
検索したこともないのに
副業やら投資関連の広告が入ってきて
結構うんざりしています。
広告の入らない有料プランにすれば?
という突込みはさておき、笑
物価は日々上がっていくのに収入は
頭打ちというご時世では、それも
仕方のないことかもしれません。
そんな中で、よく聞かれるのが
自分のやりたいことをやる、
というフレーズ。
なんか良いですよね。
逆に言えば、
やりたくないことをしなくていい、
やりたいことだけに夢中になれる
ということが、どれだけ幸せなことか。
この社会がどれだけ
やりたいことができない人が多いのか、
ということの裏返しでもあるように
思います。
一方で、じゃぁ自分は何がしたいんだ?
というと、はて。。。?となってしまう
人も少なくないようです。
今日はこれについて思うところを
書いてみたいと思うのですが、
そもそも、
自分から切り離された状態の在り方で
自分が本当にやりたいことを問うても、
そりゃぁわかるわけないよね、と
私は思います。
今のこの国の教育は、幼いころから
自分の意見を持つことを陰に陽に
抑圧されて従順であることを
美徳とするようなところがあり、
そんな教育をウン十年受けてきて
いきなりあなたはどんな人?
と問われても、咄嗟には出てこない
と言う人、多いんじゃないかと思います。
また、情報化社会の中で、
幸せというのはこんな形、というのを
散々刷り込まれても来ているので、
自分の価値観が本当に自分のものなのか、
刷り込まれたものなのか、識別するのも
なかなか難しいというのもあります。
そういう状態で、
「自分のやりたいこと」を考えると、
刷り込まれた価値観の枠組みの中で
刷り込まれ範囲内の答えしか
出てこないのではないでしょうか。
本当に自分の答えを出すのなら、
真に自分の血肉となったものから
出さなければ、取ってつけたような
異物になり、結局それは自分に
フィットしません。
血肉とするには、
体験を自分の感覚を通して
有機的に受け取り、消化し、何かしらの
知恵にしなければいけません。
現代社会に生きる人の多くは、
この自分の感覚を通して消化し、
自分の知恵にするというところが
非常に弱い気がします。
出来合いの「これが正解」
と提供されているものを丸呑みして
インプットして、「自分のものにしているつもり」
になっているだけではないでしょうか。
それなら
既に作り込まれた枠組みの中で
大きく外れることはないし、
周りも多かれ少なかれ似たり寄ったりで
みんな一緒で安心できるかもしれません。
その枠組みの中でどれだけ
提供された選択肢を選んでそこそこ
見栄えも良く、自分も納得できる
絵を描けるか。
そんなゲームをしているのでは
ないでしょうか。
本当に自分のやりたいことを見つけよう
とするならば、その枠組みの外から
自分を見なければいけないし、
自分の感覚を叩き起こして、
それを通してこの世界を感じなければ
いけません。
自分を嫌い、否定し、自分ではないものに
なろうと躍起になっているところからは、
真の自身の道など現れようはずがないのです。
だから、自分自身に帰れ、なんですよね。
ちゃんと自分のあらゆる側面を受け止めて、
自身の深いところに心を澄ませて聞く。
こういう自分との対話が
はじめの一歩かな、と思います。