まだまだ暑いと思っていても、
季節は進んで9月入りですね。
あの真夏のギラギラした太陽の陽射しは
勢いを落とし、暑さのピークも
過ぎたかな、と少しホッとするところは
あります。
永遠の喜びもないけれど、
永遠の苦しみもなく、
すべてはいつか終わりが来る、
というのは有難いことだと思います。
この人生にも終わりがあるように、
始まったものは必ず終わる時が来ます。
それが、救いでもありますね。
だから、
終わりを焦ることはありません。
どうせ終わるものなら、
もう少し遊んでみても良いのでは?
ずっとしてきた我慢や制限もやめてみて、
もう一度自分の人生に向き合ってみたら、
見えるものが変わってくるかもしれません。
そもそも、その我慢も制限も、
何のためのものだったでしょうか。
どうしてもそうでなければならない
と思っていたのは何故ですか?
人生の大前提にしていたことを疑い、
執着を去ってみると、
思っていたよりも人生というのは
柔軟なものだったと気付くかもしれません。
硬直させていたのは、
自分自身の恐れからくる制限のせい
だったのではないでしょうか。
人生自体が苦しく恐ろしいもの
なのではなく、自身のその信念が、
膠(にかわ)で関節を固めるように、
人生から柔軟性を奪っていたのでした。
そう考えると、
行き詰まりに見える人生に
新たな可能性を見出すには、
前提条件を変えることが一つのヒント
になります。
逆に、可能性を絞るには、
前提条件を重ねて行けばいいのです。
そうすると、必然的に選択肢は減り、
そうでなくてはならない結末だけが
残ります。
そんなことを考えていると、
私の母の人生をどうしても
思い浮かべてしまいます。
母は、どうしても譲れないことを
それが自身の人生そのものであるかのように
がっちりと固めていました。
傍から見れば、
それはそうでなくても良かったのでは
なかっただろうか、と見えるのだけれど、
それを選ぶには、
その他の様々な要因が抜け落ちていたし、
それを埋めようという意識も
無かったと思います。
そう思えなかった、ということ自体が、
母の魂のプログラムだったのでしょう。
選択肢と言うのは、実は
有るようで無いものなのかもしれません。
けれど、無いようでいて有るもの
でもあります。
指摘されても、案内されても、
ヒントをもらっても、手を引いてもらっても
できないときはあります。
また、それらすべてが無かったとしても、
やろうと思えてできてしまうときも
確かにあります。
その差が、宿命なのかもしれません。
けれど、
自分で変えようのない限界のエッジが
どこであるのかはなかなかわかりません。
だからこそ人はもがき、それを超えようと
挑戦をするわけです。
それが人生の軌跡になるのですが、
たとえ限界があるにしても、
挑戦したという事実が、その人の人生に
何事かを刻んでいきます。
その人生で練られた何かが、
限界を超えるとか超えないとかの
次元ではない別の方向の可能性を
開いていたりもします。
何が良いとか悪いとか、
一元的な見方ができない理由が
そこにあるわけで、
それ故に私は
その人の歩みに幸あれ、と
祝福を送ります。