感情を持った人間として生きること

恐くてもいい。
けれど、怯んではならない。

セッションや瞑想会、このブログでも
繰り返しお伝えしてきている言葉です。

恐れを感じると、私たちは本能的に、
危険から退避しようとします。

物理的な退避だけではなく、
意識が体から抜けて、いわゆる
「自分がお留守」の状態になって
しまうのです。

そうなると、目の前の状況に
適切に対処することができなくなります。

だから、恐れを感じたとしても、
怯んで自分から抜けてしまってはいけない
ということなんですね。

状況に適切に対処した結果、
その場所から退避するということは
アリだろうし、それを否定している
わけではないということ、
念押ししておきます。

感情の中でも、恐れの感情は
しばしば混乱を引き起こすので、
そのエネルギーに巻き込まれて
自分を見失ってしまいがちです。

ただ、混乱のエネルギーに気づいて
しっかり受け止めることができれば、
自分を見失わずに動くことができます。

だから、恐がること、混乱すること自体が
悪いわけではないのです。

湧き起こるそうした感情のエネルギーを
きちんと受け止められる自分であれば、
何の問題も無いことです。

自分が何に、どこまで対処できるのか。

できないのだとしたら、
どうするのか。

その見極めができると、
ものごとの受け止め方は
とてもシンプルになります。

長くワークに取り組んでいる方でも、
たまに混乱してご連絡くださる方が
あるのですが、

そういう方でも落ち着いて丁寧に
ポイントを押さえてワークしていけば、
ちゃんと統合まで持っていく力は
あるのです。

ただ、初動で感情のエネルギーに
飲み込まれてしまっているので、
今度はそういう場面での戻り方、
混乱に気づくような意識の訓練が
課題なのだということです。

力はあるのだから、
それをちゃんと発揮するために必要な
要素を身に着ける。

そういう段階を踏んでいくわけです。

誰しも、自分の人生を生きていく力は
あるはずなんです。

ただ、その力をどうやって見つけ、
発揮したらいいのかがわからないんですね。

自分なりに、
その答えを見つけられれば良いのですが、
なかなか見つけられないときが
とても苦しい。

答えにたどり着けた人は幸いです。

無数の人々、その人生の中で、
どれだけの人が答えにたどり着いているのか。

ふと思いを馳せるときがあります。

その一方で、長い魂の旅路の果てに、
かつて別の人生で抱いた問いの答えに
辿り着く場面に立ち会うこともあり、

大いなるものと、一つの魂の
時空を超えた対話に、言葉にならない
神聖さを感じることもあります。

恐れても、絶望しても、憎んでも、
感謝に打ち震えても、

あらゆる感情を突き抜けて至るものから
逃げないように。

感情を超越するというのは、
感情を飛び越えて何かに至ること
ではなく、それを昇華させて至るもの
だと思っています。

なぜ神は人間に感情を与えたのか。
なぜあなたは、人間として生きているのか。

今あなたが人間として生きているなら、
厄介ではあるけれど、感情を持っている
ということは、

ものすごく奥深い恩寵であり、
それを恩寵として受け取れるまでに
様々な経験をすることが、まさにギフト
なのだと思います。

感情をころしてロボットのように生きる
のではなく、どこまで感情に触れ、生きて
この人生の可能性を拓くことができるか。

あなたなりに、ぜひチャレンジしてみてください。

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