人間関係でよく
境界線を引く、と言いますね。
でもこれって、
頭で理解してできること
ではないんですね。
本当に境界線を引くには、
自立していないといけません。
どこかで相手に依存していたり
取引していると、得ているメリットが
自分にとっての隙になって
線を引くことができないのです。
だから、
得ているメリットを手離しても
自立できる自分でないと、
本当に対等で相手の意志も自分も
ニュートラルに尊重できる関係性には
ならないんですね。
にもかかわらず、
自分のどこに隙があるのかの自覚がなく
自立できていない状態で境界線を引こう
としている人が多くいます。
別にメリットなんてあの人との関係性で
何もないのに、と思っていても、
たとえば
良い人、親切な人と思われたい
というほどの積極性は無くても、
薄情な人、冷たい人と見られたくなくて、
つい本音とは真逆の良い人の返事をしてしまう
ということがありませんか?
そうすれば、相手はあなたに
素敵な人、良い人という印象を持つだろうし、
少なくとも、心証は悪くはない、
というのも確かにメリットと言えます。
あるいは、仲間外れにされたくない、
私を必要としてほしい。たとえ都合の良い人
であっても、声をかけてほしいし、
私のことを思い出して居場所を与えてほしい。
そんな思いを持つ人もあるでしょう。
そうして、決して居心地は良くはないけれど
孤独にはならないポジションを得るのも、
メリットなのです。
言葉にしてプットアウトすると、
そんなもののためにこんな思いまでして
自分を差し出しているのか、と
愕然とする人もあるかもしれませんが、
多かれ少なかれ、
似たような思いを抱えてずるずると
楽しくもない人間関係を続けている人が
いるのではないでしょうか。
こういう自分を続けている限りは、
純度高く自身の人生を生きることは
不可能です。
自分を生きるというのは
とてもきれいな言葉ですが、
実践するにはそれなりに肚を括って
引き受けていくものがありますね。
自分を生きたいと願っていて、
生きようとしているけれど
うまくできていないという人は、
自分が引き受けるべきものを
まだ引き受けられていないのかも
しれません。
何を引き受けていくべきなのか。
まずは、
自分の感情を他人のせいにしないこと。
自分の気分が悪いことを、
誰かのせいにしていないでしょうか。
自分が不幸なのは、
パートナーや子供や親のせいでしょうか。
ナチュラルにそう考えている人、
よく見かけます。
でもそれは、責任転嫁です。
そう言われるまで自分が責任転嫁を
しているという自覚がない人もいますね。
誰かの態度が辛いのならば、
あなたは自分の幸せのために、
何ができるでしょう。
どうしようもない、と言う前に、
大切な自分のために、
何か努力をしましたか。
相手に、~してくれない、と言うけれど、
その相手の姿は、自分に対する
あなた自身の姿に重なるのでは
ないでしょうか。
あなたに対する相手の無関心さ、
尊重する気持ちや感謝のなさなどに、
どれだけ傷ついてきたでしょう。
本当はどうしてほしかったですか?
その願う姿こそが、
あなた自身が体現すべき在り様です。
そこに気づいて他責や依存をやめて
本当に自分を大事にする在り様ができてくると、
自分の人生に必要な人、ものと、
そうでない人、ものがはっきりと
わかるようになります。
そして、今度こそあなたは
適切に関係性に境界線を引き、
自分を守ることもできるし、
依存や取引ではない、
リスペクトの気持ちがベースにある
心地良い人間関係を築くことが
できるでしょう。