来週23日(祝水)17時より
秋分の瞑想会を行います。
詳細、お申込みはこちらから。
⇒秋分の瞑想会
さて。
よく、他人は変えられない、
と言いますね。
基本的な考え方として、
あなたが自分の生きたいように
生きる権利があるのと同じように、
相手にも、その人が生きたいように
生きる権利があります。
(ここでは、犯罪的な行為云々のケースは
取り敢えず横に置いておくことにします)
あなたが、相手のその態度が不快だから
変えてほしいと願っているとして、
これがもし逆の立場だったら
どうでしょう?
相手から見て、あなたのその態度が
不快だから変えてほしいと言われた
ところをイメージしてみると、
素直に変えられるでしょうか?
そんなに不快だったのかと恐縮して
改めようと思えることもあるだろうし、
あなたがそうすることに対して
何かとてもポリシーがあることとか、
変えてしまうと辛くなるとか、
とても負担に感じるとかだと、
とてもそれには応えらえないということ、
あるのではないでしょうか。
相手にとっても、
簡単に応えられること、
応えたくないことがあるわけです。
相手にあなたの願いを打診してみて、
応えてくれないとき、その理由を
注意深く掘り下げてみると、
気づくことがあるでしょう。
そもそも、あなたの言うこと自体は何でも
絶対にうんと言いたくないというような
反発心を感じているとか、
条件によっては聞いてもいいとか、
ただあなたがそれほど困っていることに
気づいていなかっただけとか。
色々なケースがあると思いますが、
相手のこの理由を見ることで、
自分自身の在り方に気づく
ヒントをもらえます。
ご存じ、鏡の法則ですね。
どれだけ訴えてもあなたの言うことを
受け止めてくれないのであれば、
あなた自身が自分の深いニーズを
あまり重要視していない態度を取っている
ということなのでしょう。
相手がどれだけ理不尽で鈍感で
どうしようもない、ということを責め立てても、
あなた自身が自分自身に対してそうである
と言うその態度を改めない限り、
人のことは言えませんね。
相手のどのようなところが
あなたの苦しみの種になっているか、
よく観察してみましょう。
自分自身に対してまさにそれを改めると、
自分を大切にすることに一歩近づいた
と言えます。
人から大事にされていない、
と感じたなら、もっと自分を大事にすることに
気づけるチャンスです。
あなたはもっと、自分と仲良しに
なることができるし、幸せになれるのです。
伸びしろが一杯、
と思っておけばいいですね。
あなたが自分と仲良しになるほどに、
人生は温かく安全安心なものに
なっていきます。
逆に言えば、自分と和解しない限り、
そういう心の平安は生まれません。
一時的に、誰かや何かで満たしてもらえた
ように感じられることもあるけれど、
それが失われれば、またあの苦しみが
戻ってきます。
そして、自分の心の穴を埋めるものを
失わないように執着し、相手も自分も
縛り付けるようになります。
失う不安は、際限なくどれだけ
愛されても、何かをしてもらっても、
すぐにまた心は乾き、不足を訴えるのです。
それを癒すのはただ一つ、
自分自身です。
けれど、多くの人は、
自分自身の力を最も疑い、否定し、
認めないんですね。
だから、そこに戻る可能性があるとすれば、
あらゆることをしてもダメだった、と
心底理解した後だったりします。
そこまでやり尽くさないと
止められないのが人間というもの
なのかもしれません。
だから、
そうした地獄の苦しみを味わうのも、
本当は必要ないのだけれど、
必要な段階にある人もいる、
ということなのでしょう。
必ず通過しなければいけないもの
でもないし、さっさと気づいて
抜け出せる可能性もあります。
ただ、それにはあの苦しみに
直接対峙する必要があります。
お尻に火がつかない状態で、
どれだけの人ができるでしょうね。
さぁ、肚を括って参りましょう。