何か目標だったり
探求しようと思うことだったり
人だったりに本当に向き合ったとき、
自分がどの程度のものなのか、
心底わかる、ということがあります。
何となくそう願っているとか、
口先だけで目標を唱えている
などの程度だと、わからないことです。
本当に向き合うから、
それに対してどれだけ自分が
未熟だったり力不足だったり、
準備が全く足りていなかったり、
理解できていなかったかということが
否応なくわかるのです。
セッションでも
しばしばクライアントさんに、
あなたの今のその在り方で、
あなたが越えたいと言っている
その壁を越えられるだろうか?
と問うことがあります。
そう問いかけられて、
大丈夫です、と返ってくる人は
まずいませんね。
そもそも、大丈夫な人には
こういう言う問いかけはしませんから。
問いかけられるまで、その人は
自分がどういう在り方をしているのか、
認識できていなかった、
ということになります。
それは、
ものごとに本当に向き合うときに、
自分の内側で様々に起こってくる
恐れや不安、心の揺らぎ、迷いなどに
気づけるような在り方を日ごろから
していない、と言うことを意味しています。
それは、このワークにおいては
向き合っている、とは言いません。
ただ、自分の頭の中でぐるぐると
夢想しているだけです。
対象に深く対峙しながら、
そこに鏡のように映る自分自身の在り様にも
向き合います。
そして、その自分を様々に調整しつつ、
対象のさらに深いところに触れていける自分に
近づけていくわけです。
このように分解して書くと
大変なことのように思えるかもしれませんが、
たとえば私たちが何か得意なことを
やろうとするとき、無意識に在り方は
それがちゃんとできる在り方に
整っているはずです。
ものごとに対して、必要十分な向き合い方が
できているから様々な要素に適切に対処し、
うまくいくのです。
うまくいく在り方、いかない在り方って
ありますよね。
能力云々の前に、在り方の問題ということ、
すごく多いです。
逆に言えば、在り方ができていれば、
能力はどんどん引き出されていきます。
自分、こんなこともできたんだ!
というように、取り組みながら
クリエイティブなエネルギーから
今まで想像もしなかったような能力が
発露していくのです。
自己啓発なんかでは、これが多分
マインドセットと呼ばれるものに近い
のかもしれませんが、
在り方はマインドのレベルのもの
ではありませんからね。
どれだけ口先で掛け声をかけたところで、
できてくるものではないのです。
本当に向き合えると、
その時自分がどうすればいいのか、
自ずとわかってきます。
壁ならば、壁がどうしたら越えられるのか、
教えてくれるのです。
そっぽを向いていたり、逃げていると、
道は開けてきません。
答えがわかるような向き合い方を
しないといけませんね。