セッションしていると、たまに
どこまで癒しても毎回同じところに戻る
という方に出会うことがあります。
毎回色々な問題が起こって混乱し、
思うように進めない状態になるのですが、
それらを整理し、ポイントを癒して
大丈夫な状態になったはずなのに、
しばらくすると、また別の問題が勃発して
やはり前に進めない状態になるのです。
そういう場合は、
核心はもっと別のレベルにあるんですね。
起こってくる諸々の出来事は、
その核心から意識を逸らすための
カモフラージュみたいなもので、
それらに一つ一つ対処したところで、
時間稼ぎにしかなりません。
表面に現れた問題よりも、
本当は全く別の、もっと奥深い
本人の在り方のレベルに
切り込んでいかないと
いけなかったりします。
ただ、そのレベルの問いかけに、
本人が応えられる段階に来るまでに、
結構段階を踏むことがあります。
どこかで、
本人の中の「潮時」が来ていないと、
その手前のカモフラージュのレベルで
うろうろしていたりしますね。
早く生き辛さがなくなって、
生き生きと自分を生きられるように
なりたいと、本人が言ったとしても、
こういう場合は、深いところでは
本人はそうは望んでいないのです。
どれだけそのことで葛藤しているように
見えても、そしてあるレベルでは、
その言葉は本心だとしても、
もっと深いレベルでは望んでいない
ということを自覚できるまで、
その人はこの矛盾を越えていくことは
できないでしょう。
こういうケースでは、
往々にして様々な手法や学び、サロンを
あちこち彷徨うことがあるのですが、
問題の根本は手法やセラピストではなく、
その人自身の在り方にあります。
学びをするにも、何か行を積むにせよ、
その自分の在り方の誤りに気付くような
学び方、積み方をすることです。
とは言うものの、彷徨う意識にとっては、
これがなかなか難しいというのも事実です。
本人の顕在意識では、
自分は本気で求めていると信じているし、
やれるだけのことはやっていると
思っているし、
実際、その意識のレイヤーでは
人並み以上の努力をしていたりもするので、
本当は望んでいないとか、やっていないとか
指摘されても全くピンとこないのです。
けれど、紆余曲折を経て、
その指摘の意味を理解し始める段階に
至る方もあり、
それはもう周囲がどうこうというよりは、
その方自身の中の時が満ちる他、
ないのだろうな、と思います。
これまで、
何人もそういう方を見てきましたが、
本当に気づいて在り方を改めた時、
ぐん、と桁違いの成長、変化を
されて行かれます。
今までものすごく努力してきたけれど、
そういうことじゃなかったんだ、
というのが肚落ちするんですね。
そして、そういうレベルではない、
もっと奥深い命との対話を
されるようになっていかれます。
これまでも、そういう歩みをされる力は
あったのです。けれど、ただ向いている
意識の方向性、望みが違っていたのです。
このように振り返ってみると、
同じところをグルグルするのは、
実はもっと奥深い人生の段階に進む前の
最後のあがきみたいなものかもしれません。
そろそろ潮時を感じた方は、
肚を決めて、自分自身の本質に
向き合ってみてはいかがでしょうか。