先日、ホームセンターで買い物を
していたときに、色々思うところが
あったので、それについて書いてみます。
そのホームセンターでは、
各階ごとで会計をするシステムで、
私は最初に2階で買い物をして、
レジに並びました。
この2階のレジでは、以前から
何となく態度があまり好きではない
レジの人がいて、その人に当たったら
嫌だな~と内心思いつつ、まぁ
当たったら当たったでいいか、
と思っていました。
そうしたら案の定
その人に当たってしまい、いつもの
小さな声のやる気のなさそうな態度で
のろのろと品物をレジに通すのに
少しイライラしていました。
カードにチャージをするときも、
結構長くいて初心者でもないのに
手際が悪く、何度もカードを返したり
するのにも、やっぱりこの人だからな、
と半ば呆れたり。。。
やれやれ、と思いつつようやく清算して
今度は1階で園芸用品を購入するため、
レジに並びました。
そうしたら、今度のレジの方は
とても手際も良く機転も利いて、
素晴らしい気遣いで気持ち良く
買い物ができました。
この2人の対比がすごく面白いな、
と思いながらも、どちらも私の一面
なのよね、と思いました。
確かに私は気分に結構ムラがある方で、
人に接するときも、すごく丁寧に
接するときもあれば、ぞんざいな
態度になってしまうときもあります。
目の前の人にきちんと応答しよう
という意識がある時は、多分
様々なアンテナが自動的に
あらゆるレイヤーの情報をキャッチして
さほど意識しなくてもきめ細かく
対応しているのだろうと思います。
けれど、
そういう意識がオフになっていると、
途端に自分自身に引きこもり状態
になって、ある程度周囲の状況に
応答しなければいけないときにも、
しなくなってしまうのかもしれません。
その状態が、2階のレジの人のような
態度になっているのでしょう。
イメージワークでその人の意識の中に
入ってみて、どんな気持ちなのかな、
と見てみると、
お客さん(私)からは、あれこれうるさい
ことを言われるけれど、いちいち受け取って
対応する気にもならない。
ふてくされたように、
あ~、はいはい、と受け流す感じ。
感じながら、きっとこの人は
親との関係性でも、同じような眼差しと
気持ちでいたのではないかな、
と思いました。
自分の気持ちは全く受け止めても
理解されもしないのに、一方的に
親の要求をうるさく言われる中で、
希望もなく、ただ不快なお小言を
受け流すしかなかったのかな、
などと感じました。
どこか、そんな親を馬鹿にするような
感覚もありそうです。
それが、私のようなうるさいお客さん
(と言っても今回は必要最小限の
やり取りしかしていないのですが、
無言で何か発していたかも)
を前にして、その感覚がトリガー
されたのかもしれません。
そこまで読み取って、
確かに私も、親との関係性で
こういう感覚あったな~と思いました。
親自身としては、
まっとうなことを言っている
と思っていたと思いますが、
自分としては、
もう聞く気にもならないというか、
何言ってるんだろうくらいな
聞く価値もないような
感覚なんですよね。
あのレジの女性の、
はいはい、やればいいんでしょ、
みたいな嫌々動かなければいけない
感じは、確かに辛いものですね。
毎瞬、やりたくもないことを
やらされて辛いから、当然
自分がお留守になり分離します。
あの女性の、自分自身を生きていない
感じは、まさにそうなのでしょう。
さて、自分を翻って、
昔はそういう気持ちもあっただろうけれど、
今はそんなのあるかなぁ?と確認したら、
即座にハートの奥から「あるよ!」
と返ってきました。
これは掘り下げねばなりませんね。
ぼちぼちやっていくことにします。
気づきのためのお題をいただいた
一件でした。