日常の中で、イライラしたり
怒りを感じて大噴火してしまったり、
心穏やかに仏様のように過ごしたい
と願いつつも、そうはいかない現実に
がっかりするという方もあるでしょう。
大抵は、そんなことをされたら
気分が悪くなるのは当たり前、
相手のことを、何て非常識なんだろうとか
酷いとか思って自分を被害者として
見ていることが多いでしょう。
ただ、感情解放ワークの世界観で
この時何が起こっているのかを
もう少し深く見ていくと、
なかなかに奥深い気付きが
あったりします。
怒りの奥には傷ついた気持ちがあります。
それが反転して、怒りという
非常に攻撃的なエネルギーに
なっていくわけですが、
その手前で浮上している
傷ついた気持ちや不安だったり
淋しかったりと、色々揺らぐ気持ちを
見つけていくのがポイントです。
この気持ちのエネルギーは
とても居心地が悪いでしょう。
そしてまた、多分あなたにとっては
これまでの人生で何度も味わってきた
馴染み深い感情ではないでしょうか。
自分をこんな気持ちにさせないでくれ!
という切望が、こんな気持ちにさせた
対象を消し去りたいという攻撃となって、
怒りに反転していくわけです。
怒りという形でなくても、
同じ構図で過干渉という形で
表れるケースもありますね。
もしこういう未完了の
感情のエネルギー自体があなたの中に
なかったとしたら、その怒りもイライラも
湧き起こってくることはなかったでしょう。
同じ場面に居ても、
怒りが噴き出す人もいれば、
別段特に何も感じない人もいるのは、
トリガー(引き金となる出来事)
によって、噴き出す状態の感情が
自分の中にあるのかないのか、
という違いによります。
怒らない人は、最初から人間ができている
とかそういう問題ではないんですね。
であるならば、心穏やかに過ごすには
そのマグマ溜まりのようになった
感情のエネルギー(チャージと言います)
を適切に処理できればいいわけです。
逆に、このマグマ溜まりをそのままに、
相手を攻撃したりコントロールすることに
どれだけエネルギーを注いでも、
あなたの現実は、決して穏やかなもの
にはなりません。
何かが起こるたびに、そのマグマ溜まりが
刺激されて、怒りやイライラが
噴き上がってきてしまうのです。
つまり、あなたの感情について
対処すべき対象は外にあるのではなく、
あなた自身の内側にあるのです。
そう説明されて、
外側への攻撃に没頭したい衝動を
抑えて、内側に意識を向けられる人は
そう多くはありません。
頭で理解はしても、
現に今湧き上がっている怒りを
引き受けて自分を見ることは、
それなりにエネルギーが要るので、
怒りに飲み込まれていた方が楽、
ということは、確かにあると思います。
自分で責任を取らなくて良いし、
被害者のポジションをキープしていれば、
相手を思う存分、攻撃する「正当な権利」
が得られると思えるから。
そこまでの自覚がない方も、
自分でその落ち着かない
感情のエネルギーを引き受けることに
受け入れ難いものを感じる方は、
やはり責任転嫁しているのです。
被害者のポジションから、
ニュートラルなポジションに
移行したところから、改めて
目の前の現実を眺めてみれば、
それまで思い描いていたストーリーとは
全く違った景色が見えるでしょう。
自分で自分を苦しい世界に閉じ込めている
その自分の作為に本当に気づいたら、
あなたはもう、変わり始めているのです。