自分の本当の願いに素直になる

自分の本当の願いに素直になるって、
案外難しいことなのかもしれませんね。

本当は欲しいのに「欲しい!」と言えなかったり、
欲しくないのに何となくもらっていたり、
行きたいのに周囲の目を気にして
どっちでもいいって言ってみたり。

みなさんにも覚えがありませんか?

私はしょっちゅうそんなことやってます(^^;
もっと素直にならなくちゃいけませんね。

なぜそれが難しくなるのかと言えば、
本当の願いを表明して叶えられなかったときの
失望感から逃げているからじゃないでしょうか。

だから、最初から「そんなことは大したことないんだ」
という振りをして、失望の痛みを少しでも
和らげようとしているわけです。

本当はとっても傷ついているのに。

自分に正直であると、こういう傷にすら
嘘をつけなくなっていきますね。

うん、とても傷ついているよ。
悲しいし、辛い。とても胸が痛いんだ。

そのことを認め、皆の前で告白できるでしょうか。

中には、そんなことは格好悪い、弱虫に思われたくない、
自分が傷ついていることを知って、誰かが傷つくのは
嫌だとか、

色々な理由からそれを隠してしまうんですね。

でも、誰かが傷つくのが嫌だって言うのも、
結局はその人のためではなく、
傷ついたその誰かを見て自分が辛くなるのは嫌だ
ってことなので、自分のためですよね。

また、人から弱虫に思われて蔑まれる感じとか、
大切に扱ってもらえない悲しみとか惨めさが嫌で
そこから逃げているわけです。

何度も何度も求め続け、失望し続け、
叶えられないものとして諦めた、
と自分に言い聞かせ、

投げやりになって、本当の願いに蓋をして
生きていく。

そんな風に生きている人もいますよね。

私自身の中にも、まだそういう本当の願い
が眠っているかもしれません。

あまりにも深く願いを封じていると、
本人もそんな願いがあったことすら忘れて、

ある時それが目の前に差し出されても、
さっぱりピンと来なかったりすることさえあります。

そういう人は、最低限の願いが満たされれば
それでいい、と思っていたりしますが、
しばしば、それすらも奪われてしまったりします。

なぜこうしたことが起こるのか、
魂の側から見たらわかるでしょう。

魂は、自身に本当の願いを生きてほしいのです。

最低限の願いに安住してしまっては、
永遠に本当の願いを求めることはしないでしょう。

そこは、あなたの安住の地ではない。
本当のそれは、別のところにある。
だから、今すぐそこを目指して旅立ちなさい。
ということなのだと思います。

だから、一見悲劇と思えることも、
恩寵の一部なのです。

それは、決して罰ではありません。

ただ、被害者意識にさいなまれていると、
そのことがわからなくなってしまうのです。

どうして神様はこのささやかな安らぎすら
私から奪っていくのだろう!
って思ってしまったりします。

神様は、あなたにその程度のささやかな安らぎ
ではなく、心底の喜びと安心感、信頼と
幸福を味わってほしいのです。

自身を癒す力を感じ、愛し愛される喜びを味わい、
自身の人生をあらゆる側面を祝福できる
あなたになってほしいのですね。

えぇ、神様は私たちのエゴに都合の良いこと
ばかりはもたらしてはくれません。

ご存知の通り、結構スパルタなんですよね。笑

慈愛もあれば、厳愛もある。
私たちへの絶対の信頼を基盤とした
火のように激しい愛ですね。

失望に失望を重ねた願いを再び取り戻すって、
相当に辛いことだと思います。

その辛さを超えていくように。
そう促されているわけです。

失望に向き合うことは、
あの引き裂かれるような胸の痛みや、
体の芯が凍り付くような悲しみ、
自分がバラバラになってしまったような衝撃が
同時に戻ってくるということでもあります。

それでも、あなたにはそれを癒していく
力があるのだから、それを使いなさい。
と、容赦なく駆り立てるわけです。

そんな状況で後ろ向きに被害者意識でいると、
ますます辛くなります。

ある意味、状況が厳しいのは、
そういう被害者意識すらも浄化させられる
プロセスと言えるかもしれません。

そのまま、「陰極まって陽となす」ところまで
いくか、その手前で気づき、人生の呼びかけに
応答していくか。

どちらにしても、それなりのキツさは
ありますよね。

本当の願いを生きることは、自身の真実を
生きるということでもあります。

いかにキツかろうと、その生き方が自分にとって
最高最善のものと心の底から理解したら、
人生はものすごく転換していきます。

常に心の底でわだかまり、喉の奥に鉛を
飲み込んだように感じていた不快感も、
すっと消えていきます。

この世界はもっと優しく、生きやすいところ
になるでしょう。

ものすごく困難な人生を生きていらっしゃる方ほど、
表面的な打ちひしがれた感じとか希望も何も
無いといった様子の反面、

その魂は百戦錬磨の猛者のような、
強さやしたたかさを持っているのを
見かけることがよくあります。

あなたは、傷ついた捨て猫なんかじゃない。
本当はずば抜けた力を持った気高い虎です。

あなたが本当の自身の力を発揮できますように。

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