苦しみを人生の糧にして生きる人々

私たちは様々なものを支えにし、
人生の推進力にして生きているものですが、
しばしばそれが、一見ネガティブ
と思えるようなものであることもあります。

たとえば怒り。

誰かに対する怒りや、社会の理不尽に対する怒りを
人生の推進力にしている人って、結構いますね。

そういう人は、いつも何かに怒っている。

怒っていないと、人生を前に進める推進力が
なくなってしまうので、常に何か怒る対象を
意識、無意識的に求めているのです。

怒りは、傷ついた気持ちの反応ですから、
怒りを人生の推進力にしている人は、
常に何かに傷ついていないといけない
という風にも取れますね。

それから、悲しみを支えにして
生きている人もいます。

たとえば、愛する人を失った人は、
その悲しみが癒されることを
しばしば拒絶することがあります。

なぜかというと、その悲しみを通して
愛する人と繋がっていられると感じているので、
悲しみが癒されてしまったら、
その絆がなくなってしまうからです。

ハートをじっと感じてみて、
悲しみは絆である⇒Yes or No?
で聞いてみて、Yesであれば間違いなく
このパターンですね。

辛いのに、悲しみを手放せないのです。

そういうケースは、永遠に癒されないのか
といえばそうではなく、シンプルに
愛する人を失った事実を認め、喪失感や
絶望感を受け止めて行けばいいのです。

その絆が無くてもちゃんと立っていられる自分
になれば、悲しみを支えにいきなくても
よくなるので、癒し、手放していくことができます。

でも、悲しみに浸るのが好きな人も
いますので、もう少しメロドラマに浸ることを
楽しんでいたいというのも、

自分がストーリーの中で好きで遊んでいるのだ、
とわかっていれば、それもアリかな、
とは思います。

それから、最近初めて出合ったパターンでは、
絶望と戦うことを人生の推進力にしている
というのがありました。

この場合は、絶望を手放すことを拒絶します。
戦う対象がなくなってしまったら、
どうやって前に進んだらいいのか
わからなくなってしまうからですね。

となると、この人は常に絶望を抱えて
いなければいけないわけです。

掘り下げていってこんなものが出てくると、
本人は「うわ~~~!」とかってなりますけど、

こういうのを見ていくと、
人間って、なかなか面白いものだな~と
しみじみ思います。

絶対に嫌だ~!とか言いながら、
実はそれが無いと生きていけない、
みたいな矛盾した生き物のようです。笑

人生の推進力になっているものを
手放そうとするときは、基本的に
それが無くなっても大丈夫な自分を
整えることが鉄則です。

怒りを人生の推進力にしている人は、
ある意味、自傷行為の中毒になっている
みたいなところがあるので、

中毒症状を抜いていくときの苦しさを
しっかり受け止めていくような
プロセスを通過していくことになります。

でもまぁ、麻薬を抜くときみたいな
そういうものではなく、

ただ本来、自分が受け止めるべきであったものを
逃げずに受け止めていく、というだけのこと。

誰しも、そういうものを受け止めていくだけの
力は持っているのです。

それにどこまでつながり、引き出して
行けるか、ということなんですね。

そういう力が、これまで歪んだ形で
推進力にしたり支えにしていたものに替わって
自分を支え、前に進む力になっていくのです。

だから、もうこれまでのような在り方は
したくない!と思うのであれば、
このプロセスを避けて通ることは
できません。

人は、弱いから何かに寄りかかったり
本来支えにするようなものではないものを
支えにしたり、歪んだ在り方になっていくのだ
という見方もあるけれど、

一方で、そういう在り方の方が実は
ずっとずっと辛いんですよね。

その辛さの中で延々生きている方が、
裏を返せばずっと強い、とも言えます。

そういう強さがあるのなら、
自分の足で大地を踏みしめて立った方が
余程楽なんですけれどね。

自分は弱い、と思っている人の方が
ずっと力あるし、強いじゃない、
とよく思います。

単に、力の使い先が違うだけ。

そこを転換するのをやるのかやらないのかで、
全然在り方が違ってくるわけです。

結局人は、辛いとかなんとか言いながら、
自分の好きなように生きているんでしょうね。

口先ではそんなのは嫌だと言いながら、
ではそれを止める方法がありますよ、
こんな風にやります、と言う風に道を示すと、

でも、だって、無理です、どうせダメだ
とか散々言い訳をして元来た道を
引き返していくのは、

まだ苦しみを遊んでいたいという
未練なんだろうな、と思います。

こういう人って、本人の自覚はないけれど、
本当に頑固な人、多いです。

と言いつつ、自分にもそういうところ
あるな~と思うので、

だってできないんだもん!
と癇癪起こすよりも、

遊んでいたいんだな~と言う自覚を
持って、今この現状の自分を
眺める眼差しを持とうと思います。

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