完璧主義とエゴの執着

今日で水星逆行も明け、
何だか足を引っ張られていたように
感じていた方も、何となく
抜けたような軽さを感じられる
タームに戻っていくのかもしれません。

そんなこんなで今月末27日(土)は
恒例の満月のオンライン瞑想会です。

お一人お一人リーディングして
アドバイスやメッセージをお伝えし、
ヒーリングの働きかけを行っていきます。

土曜日開催なので17時開始になります。
ご都合の良い方、興味のある方、
ぜひどうぞ~!

詳細はこちら
http://healing-gate.com/blog/seminner/fullmoonmeditationmeeting/

さて。

今日は完璧主義について
思うところを書いてみます。

完璧主義って、結構自分の首を絞めて、
人生を生き辛くするところがありますよね。

ご本人もよくわかっているけれど、
でも自分の首を絞めている手を
緩めようとはしない、というか、
緩められない。

何故なんでしょう?

妥協するくらいなら、
そんなものに価値はなく、
それだったらいらない!と、

全部諦めるか、
きっちりすべてを完璧に
望むようにするか、

全か無かの、
どちらかしかないんですね。

中間をとって調整する
ということができない。

全てが完璧に自分が思ったように
叶えられるなんて、
人生でそんなにはないですから、
常に欲求不満で、葛藤を抱え、

あるいは、葛藤する段階を通り越して
人生を諦めていたりします。

そして、こういう人は
しばしば自分に失望し、
自分に対して怒りを抱え、
自分を見捨てていたりすることも
あります。

常に自分にも人生にも世の中にも
満足しておらず、小さな幸せなど
見向きもしないので、

今、自分に与えられている
恩寵に気づくことができません。

(ちょっと大げさに書いてますけど、
大体こんな感じのところがあります)

この人の求める完璧というのは、
「自分が思った通りの何か」であるが故に、
自分が思う以上の人生の完璧さには
なかなか意識が向かないのです。

思うに、完璧主義と言うのは、
エゴがしがみついている執着と言える
のではないでしょうか。

執着しているから、
その人の視野は狭く固定され、
人生のもっと精妙な導きに委ねる
信頼がありません。

だからすべてを自分で仕切って
コントロール下に置いていないと
不安で不安で落ち着かないわけですね。

なぜ信頼できないのか、というと、
ある意味、自分を、人生の導きを、神を
見限っているからかもしれません。

(ここで私が言う神とは、
いかなる宗教の神でもなく、
自身の深奥にいます神のことです)

どこかでそれらに裏切られたと思っていて、
怒っているところがあるのでは
ないでしょうか。

すぐには覚えがなかったとしても、
ご自身のハートに聞いて見てください。

私は自分を見限っている。
人生の導きや神に怒っている。
それらに裏切られたと思っている。
などなど。

様々な完璧主義の人を見て来ましたが、
あらゆることが自分のコントロール下に無いと
不安だとか、恐れに駆られた執着の傾向は、
共通していたように思います。

完璧主義の傾向を緩めていくには、
深いレベルでの人生や内なる神、
自分自身への信頼を取り戻していくことが
鍵になるような気がします。

完璧にものごとを遂行しようとする
ことによって避けようとしているのは
何なのか。

もし避けていることが現実になってしまったら、
どんな気持ちを味わうことになるのか。

その感情のエネルギーこそが
完璧主義に走らせているわけなので、
これを統合していくことが大切です。

そんな気持ちを味わうことになったのは
○○のせいだ!と思って徹底的に
それを排除しようとしているのでしょうが、

そんなことをどれだけやったところで、
心の平穏はやって来ませんよ。

その辛さは、そんな気持ちを味わって
受け止められない自分自身の在り方自体の
問題だからです。

そこを取り違えたまま、
全く見当違いのところを正そうと
血眼になっているわけです。

だから、どんどん自分の首を絞める
手ばかりがきつくなって、
一向に安心もできないし楽にはならない、
というのはそういうことなのです。

自分が思う通りにならなかったことで
どんな気持ちを味わうのでしょう?

その気持ちをなくそうとするのではなく、
受け止めることに意識を向けましょう。

それを拒絶するほどに、
その気持ちはあなたの人生に溢れ返り、
人生はさらに難しく、困難になります。

これまでを振り返ってみてください。
私の言うこと、違ってますか?

完璧主義は、
恐れに駆られたエゴの執着である、
ということがもし本当であるなら、

あなたは人生をどんな風に
生きていきたいと思うでしょうか。

のびやかに、人生と自分自身と
内なる神の導きを信頼して、

自分も他者も寛容に許し、
自身の癒えていく力を確信して
生きられたら、

そんな人生は、今とは
どんな風に違いますか?

思うに、完璧主義とは、
信頼できないことと表裏でしょう。

不信という病を癒すことで
失われた人生が戻ってくるように思います。

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