人生で、
色々努力はしてきているけれど、
どうしようもないことって、
ありますよね。
色々な解決のメソッドは
あるのでしょうけれど、
自分にはうまくできないとか、
そういうものにそもそも出合えないとか、
手を尽くしているけれど、
八歩塞がり、みたいな状態。。。
そういう状態からどうしたら
抜け出せるだろう、というと、
人によって様々あるので一概には
言えないものの、
1つヒントを挙げるとしたら、
頑なな心を開くこと、
かもしれません。
八方塞がりのような状態は、
当人にとってはどこにも出口がない
迷路に閉じ込められたように
感じられますが、
実は傍から見ると、
閉じているのはその人自身で、
助けたくてもその人の作った壁で
助けが届かない、という状態
であることがままあります。
一番閉ざしてはいけないところで
閉じている。
一番遠ざかってはいけないところから、
遠ざかり、拒絶している。
そういう状態にある人を、
多く見てきました。
あまりにも傷つきすぎて、
何もかもが信頼できなくなって
閉じてしまったのかもしれないし、
信頼や愛よりも、
利害基準で生きることに
コミットしてしまったのかもしれません。
心がいじけ、すねてしまって
素直になれず、戻り方がわからなくなって
しまった人もあるでしょう。
私自身もそういう状態だったときが
あるので、その気持ちも
よくわかります。
でも、その状態だと、
どれだけ豊かさや愛が流れてきても、
受け取れないんですよね。
レイヤーが違うというか、
ねじれの関係のように、
善きものに触れられない在り方に
なってしまっているのです。
だから、どんな言葉も、
愛の行為も届かない。
響かない。
わからない。
本人は出口を探してもがいているけれど、
本当に見出すべきは、出口そのもの
ではなく、出口が見えない自身の在り方
に気づくことだったりするのです。
その在り方が正されない限り、
どんなに抑圧された感情を解放しても、
どんなに癒しのワークを受けても、
ご先祖様たちを供養しても、
根本的には出口は見えてこないでしょう。
私のセッションでは、
確かに抑圧された感情を癒し、
統合していくワークを誘導しますが、
それは表面のことです。
確かに様々な体験の中で
理不尽な思いをしたり、ショックを受けたり
傷ついたりもしてきたのでしょう。
でも、そのことがなぜ起こったのか。
そこから何に気づくべきなのか。
自分に正すべき何かがあったのか。
謙虚に問い、知ろうとし、
応えていく姿勢がないと、
出口が見えない心の曇りは
晴れないのです。
それは、誰かが悪い、悪くないとか
そういう話ではありません。
自分の非を認めたら
生きていけない病の人もいるけれど、
そうしてしがみつくことで、
本当に生きることを失っているのです。
そのように在ることで、
何を守ろうとしているのか。
そう問われてみても、
そんなものはない、わからない
という人は、何を失いたくないのか、
と問うてみると良いかもしれません。
困ってはいるけれど、
自分は変えたくない、という
態度の人もいます。
本人は気づいていないことも
多いですが、逆を言えば、
そこに気づくことが大きな一歩
になるでしょう。
その在り方が、
頑ななのだと気付いていないのですね。
そういう人は、多分これまでに
何度もそれを指摘されてきていることが
多いのですが、その指摘が認識できて
いないのです。
ここが大きな関門だったりします。
自分の心が固いな、と感じたときは、
内なる神に、自分が本当に気づくべきことに
気づけるように、導きを願ってみてください。
あなたの傷ついた心の頑なさがとけて、
ゆるみ、善きものが流れていきますように。