よく自分軸自分軸というけれど、
信念のレベルで自分軸を強固に
している人が多いと感じます。
多分、一般的にはそれが普通
なのかもしれませんが、
それだと根っこは深く張れません。
実際、エネルギー的に見てもそうだし、
世界観、思考の仕方から見ても、
どうしても浅くなりがちです。
私は以前から、自分軸は
マインドのレベルの信念で立てるもの
ではないとお伝えしてきています。
マインドの価値観に拠ってしまうと、
その価値観が何らかの理由で揺らいだとき、
自分自身の足元が崩れていきます。
だから、容易に自分の価値観を修正
することができず、頑なになりがちです。
では、どこに自分軸を立てたら
良いのでしょうか。
聞く人によってはとても抽象的に
聞こえてしまうかもしれないけれど、
私はそれを、内なる神の基盤の上に
立てること、とお伝えしています。
概念の神ではありません。
確かに、自分の内に神がいて、
それとともに在る自分、という
紛れもないこの感覚の上に
自分軸を立てるのです。
これは、
頭の思考、マインドのレベルでは
できないことです。
自分で、本当に神に対峙しないと
触れられません。
私たちの多くは、
リアルな神に自分で対峙することより、
概念の神を信じることに慣れています。
その存在に真剣に向き合うよりも、
確かめもしないで概念の世界のおとぎ話
として取り合おうとしない向きもあります。
でも、神はリアルなんですね。
理屈を超えて、わかるもの。
神とともに生きる自分の感覚を
しっかりと自身の内に持ち、深め、
歩むことで、自分軸の根っこは
ゆるぎなく深くなっていきます。
善悪の基準に頑なになることなく、
寛容になろうと自分を偽ることなく、
ただ自分自身を生きることに寛いで、
自分の人生を生きることができます。
内なる神に出会っても、
すぐには葛藤はやまないかもしれないし、
迷うことはあるでしょう。
けれど、自分の中に神がいる、
というこの事実を知る前と後では、
確かに人生の意味は変わっていきます。
帰るべきところを知っている、
迷っても戻ればいい、戻るべき神は、
消えることはないと知っていることが
どれだけ心を安らがせるか。
長年の恨みを解き、孤独を癒すか。
人生の癒し難い傷が本当に癒えるには、
この神の愛の基盤が必須ではないか
と私は思います。
自分とは何者なのか。
どう生きればいいのか。
多くの人が迷子になっているけれど、
自分を見失っている理由の根本に、
人間存在の霊性からの断絶が
あるのだろうと思います。
私たちはただの肉の塊ではないし、
感情や思いは、単なる化学反応の結果
でもありません。
では何なのか。
そこに応えるものが、
霊性の領域だったのが、
そこを失ってしまったときに、
私たちは自分という存在の
大切な根っこを失ってしまいました。
それはあって当然のもの、
当たり前のものであり、
大切なものであったのに、
様々な要因によって遠ざけられてしまった。
今という時代は、
そこに回帰する時代になってきましたね。
霊性は、奇異に見られるようなもの
ではないし、怪しいものでもありません。
私たちの命の、大切なエッセンスです。
私たちは霊的な存在であるということを
認めた上で、あらゆる宗教的な概念を越えて、
自分の内のリアルな神と出会っていくことが
この世界で起こっている様々なレベルの不調和を
収めていくカギではないかな、と思います。