先日、家系図調査の中で繋がった
母のいとこのところに、母の姉である
伯母と一緒に行ってきました。
この方は、母の晩年になって、
祖母が亡くなったときにお葬式で
久しぶりに会ったのだと母から聞いて、
その後何回か季節の果物などを
送ってくださった記憶があります。
それまで、その方の話を聞いたことがなく、
懐かしそうに語る母の表情がとても
楽しそうだったのを覚えています。
その方のお名前さえも覚えていなかった
のですが、家系図調査で伯母に話を聞きに
訪ねて行ったときにこの方のことが判明し、
伯母もしばらく会いに行っていないけれど
なかなか行く機会が無くて、というので
私が是非会わせてほしいとお願いして
今回の来訪が実現したのでした。
母も伯母も、子供の頃は夏休みになると
いつもその方の実家に泊まりに行っていて、
いつ訪ねて行っても、歓迎してくれる
そうなのでした。
実際、お宅にお邪魔してみて
私たちの来訪を本当に喜んでくださり、
沢山おもてなししてくださいました。
私はここまで調べて整理しておいた
家系図のコピーを持参してお渡しし、
大変喜んでくださいました。
知っている名前がたくさん出てきて、
つながりがわかって、良く調べたねぇと
感心されました。
ひとしきりお話した後、その方のご実家、
つまりは祖母が子供の頃に暮らした家に
連れて行っていただき、
今はその家に暮らしている弟さんにも
お会いできました。
そして、お仏壇にもお参りさせていただき、
隣の和室にはご先祖様たちの遺影が
飾ってあったので、そちらも写メさせて
いただきました。
訪ねていくまで、
曾祖父母、大叔母、大叔父さんたちの
お顔がわかるなんて思っていなかったので、
本当に有難かったです。
その後、お墓参りもさせていただき、
墓誌も写メさせていただきました。
そのお墓も、兄弟たちが一緒に建立した
記録があり、祖父の名前もありました。
敷地内にはお地蔵さまもあって、
幼くして亡くなった子供たちの供養も
されていました。
戸籍上だけでもそういうお子さんが
何人も出てきて、私の祖母の前に
戸籍上では2人、男の子がいました。
そうして祖母の下に大叔父が生まれたので、
大叔父の名前に捨○と、「捨」の文字が
入っているのも両親の願いを感じます。
昔は子供の頃に亡くなる子が多かったので、
捨て子は良く育つという言い伝えにあやかって
敢えて「捨」という字を名前に入れたんですね。
その願い通り、大叔父は生き延びて
今回訪ねて行った母のいとこの父君と
なったのでした。
ご実家には広い農地と蔵があって、
少し行くと筑波山と霞ケ浦を臨むような
地域でした。
祖母も、こんな景色を見ながら
幼少期を過ごしたのでしょう。
祖母は晩年、認知症になって
生まれ故郷に近い施設に入ったのですが、
実家に連れてくると、意識がしゃんとして
屋敷や農地の周りをぐる~っと歩いたんだと
その方が教えてくれました。
人間、生まれ育った場所の原風景と言うのは、
どんなに月日を経ても、変わらずその人の中で
生きる力になっているものなのかもしれません。
訪ねて行った日は、朝方までかなり激しい
雨が降っていたのですが、出発の時刻には
大分上がって、お宅に着いたときには
暑いくらいの陽射しが出ていました。
きっとご先祖様も私たちの来訪を喜んで
歓迎してくださったのね、と
伯母と話していたのですが、
その方も、伯母も
元気な内にご縁をつなぐことが
できて本当に良かったと思います。
あと10年経っていたら、
多分こんな風にはお会いできていなかった
でしょう。
行けるときに、時を移さず行動すること。
とても大事だと思います。
帰りにはどっさりの野菜やらお菓子を
頂いて帰って来たのですが、
心地良い疲労感と満足感に満たされて、
旅の無事をお仏壇に報告できました。
今回の訪問で分かってきた
家系図の抜けているところや
さらに詳細な情報を足して、
また家系図を更新していきたいと思います。
吾輩は猫である。名前はまだない。どこで生れたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している。