セッションをしていると、
自分を生きてはいけないという
強烈な制限をかけている方に
しばしば出会います。
自然体の自分でいるのは
周囲に変に思われたり、迷惑をかけたり
いじめられたりするので、
自分を出さないようにして、
周りに合わせてできるだけ目立たぬよう、
「普通の人」のように振舞わなければ、
と固く自分を戒めているのです。
ワークの世界観からすると、
周囲が自分にしてくる接し方というのは、
自分が自分に対してしている態度と
イコールです。
だから、たとえば周囲から
能力や容姿を攻撃されていじめられるのは、
自分が自分の能力や容姿を理由に
自分を攻撃していることの写し鏡だと
捉えます。
だから、自分の不器用さや自己表現を
悪いものだ、いけないことだと思うほどに、
周囲はあなたを悪い人だ、いけない人だと
ジャッジメントし、責め立てるようになります。
本人の認識としては、
周囲がそのようにするので自分は
自分を抑えているのだと思うでしょうが、
実は自分の在り様がまず先にあって、
それが現実に表れてきているというのが
本当なのです。
目の前の現実が鏡の像なのだとしたら、
周囲が変わるのをいくら待ったところで、
あなた自身が変わらなければ鏡の像が
変わることはありません。
けれど、
本体である自分の在り様が変われば、
鏡の中の像は勝手に変わっていきます。
だから、鏡の中の像と戦わないことです。
生き辛さを理由に自分が嫌いだ
という人は多いけれど、
自分を嫌い、憎むのではなく、
大らかに自分を受け止め、良いところも
ちゃんと気づいて愛でてあげる
温かな眼差しを心がけましょう。
周囲から色々言われる自分の姿が
自分のすべてではないし、
周囲が気づいていない可能性が
あるはずです。
だから、周囲の眼差しを理由に
自分を見捨てないように。
あなたが自分を見捨てたら、
周囲があなたを見捨てるでしょう。
私たちは、一番辛いときに自分を諦め、
自分から離れ、去っていきます。
けれど、何度もお伝えしてきているように、
自分から離れたら、自身の人生を生きていく
真の力を失い、人生の羅針盤も失います。
こうして哀れで無力な人生の迷子が
できあがるのです。
だから、苦しい時ほどその苦しさを
じっと受け止め、自分から離れずに
いることです。
そうしていると、心細さや淋しさ、
不安感も和らいでいきます。
一人ぼっちの淋しさや心細さは、
自分を見捨て、自分から離れているが故に
起こるのです。
淋しがり屋さんはよく覚えておいて
頂きたいのですが、
それを誰かに埋めてもらおうとしても、
根本的に自分が自分を離れているという
その在り方が改まらない限り、
結局どんなにあなたを愛してくれる人が
側にいたとしても、あなたは決して
満たされないでしょう。
私たちは、幸せに生きようと思うなら、
必ず自分自身を生きなくてはなりません。
取り繕った偽りの自分で人生が
うまくいくことはないのです。
仮に、人に合わせることで一時の平穏を
得たとしても、あなたの心は窒息状態で
長くは続きませんし、本当に生きている
感覚は皆無でしょう。
それに、偽りの自分を演じることで、
あなたは周囲に誤ったメッセージを
発信していることになります。
嬉しくもないのに嬉しいふりをし、
楽しくもないのに楽しいふりをすると、
それを見た人は、あなたはそういうことが
嬉しくて楽しいのだと受け取るでしょう。
こうしてあなたは自ら周囲を誤解させ、
自分を幸せにはしないご縁を生み続ける
わけです。
そうかと言って、素の自分で生きるのは
うまくいく気がしない、という方も
あるでしょう。
その場合は、まずは素の自分を
自分自身が攻撃しないこと。
大らかに受け止めて、
温かい眼差しを向けることを
意識してみましょう。
あなたが自身に向けた眼差しと、
全く同じ質感の眼差しを周囲からも
向けられます。
自分を大事に生きること。
あなたの人生が温かく幸せなもので
ありますように。