刃に刃で応える前に
昨日はお正月早々、とある出来事からワークをしたのですが、これについて書いてみたいと思います。ちょっと血なまぐさい話になるので躊躇したのですが
昨日はお正月早々、とある出来事からワークをしたのですが、これについて書いてみたいと思います。ちょっと血なまぐさい話になるので躊躇したのですが
怒りや憎しみが自身の中にあっても、そんなものがあるはずがない、と思考のレベルでは言えてしまうのです。けれど、ハートにそれはできません。だから
セルフワークで核心を掘り当てていくのはなかなかに難しいことだと思いますが、自分が逃げているものを簡単に捉える方法はあります。それは、トラウマ
今この瞬間に在るはずのものを拒絶して別の可能性を生きることはできないということは、心に留め置かれるといいでしょう。人生を開いていく力は今この
内なる声が聞こえないのは、内なる声が何も語ろうとしないわけではなく、100%私たちの側が聞く耳を持っていないためです。聞く耳を持てないのは、
相手のずるさ、卑怯さにそうまで強く反応するのは、自分自身が真実を受け止めることができずに逃げていることに気づきたくない!と激しく抵抗している
自尊心が傷つけられたという痛みを、被害者になった人が適切に処理できなかったとき、その痛みに耐えかねてそれを相手に投げ返します。これが恨みなん
批判は抑圧の一種です。怒りを表現する代わりに、批判しているわけですね。私は正論を盾に怒りを抑圧したので、そのエネルギーは私にさらに怒りを誘発
抑圧は、分離です。切り離し、ふたをして沈められます。分離された感情のエネルギーは自身の中で「異物」となって違和感を生み出し、まるで入れ歯に挟
戒めが必要であるということは、自分の中に「戒めがなければ暴走してしまう」可能性があることを暗に示しています。そしてそれを抑圧するために、必然